零距離
※噎せ返るようなの後日
※陽泉マネージャー(三年)
「髪、柔らかいですね」
「そう、かな。ちょっと癖っ毛だからすぐうねるんだよね」
「でも可愛いです。いい匂いするし」
「そ、そう………………あ、のさ」
「はい?」
「近くないかな?」
がっちりとホールドされた腕の中、私は呟いた。
「何がです」
「体勢が」
厳密に言うと、氷室の前に寄りかかるように座っている私を、氷室が逃がさないように足でがっちり私の体を掴んでいる。背後から抱き締められて身動き取れない状態で髪を弄られているわけで。なんとなく身の危険を感じているんだけど、どうしたら良いんだろ。ここ数日物凄い勢いでスキンシップを図ってきて戸惑うくらいなんだけど。
「…最近凄く、あれだね。積極的だね」
「ようやく悠と恋人同士になれたわけだし」
「あれっいきなり呼び捨て?」
「触れたいと思ったらから触れているだけで」
「なんつうかオレ様、って感じだね、その言い分」
「それに、もう我慢する必要はないし」
「我慢する必要はないかも知れないけど私の話を聞いてくれ」
その耳は飾りですか?おーい。聞こえてるかー?もしもし、氷室くん。日本語分かりますか。ここ英語圏じゃないんだよ!同じ日本語を使っているのに、なんだか上手く話が通じなくてもどかしいですよ。
「悠」
「は、はい」
突然、真剣な声色で名前を呼ばれて更に真面目な表情に、ビクリとして思わず敬語で返事してしまった。それと、条件反射でつい向き合う形に座りなおしてしまう(動きを察して氷室が足を解いてくれた)。
「触れて、良いかな」
改めて問われるとそれはそれでむず痒いものがあるけれど、なんだか温かい気持ちになる。
「うん」
素直に返事をすると、氷室は髪の毛を掻き分けてこめかみ辺りを指でなぞった。そしてそのまま耳を塞がれて、唇が合わさった。ちゅ、と小さく湿った音が耳元で渦巻く。ぬるりとした感触と共に舌が入り込んできた。柔らかくて暖かいのが、唇を覆ったりする度にちゅ、ちゅと動きに合わせてあられもない卑猥な音が、する。う、うわ、恥ずかしい。口の中の音が耳に響いて、顔から火が出そう。
羞恥心とかキスの心地良さとかが全部一緒に綯い交ぜになった。行き場のない感覚が、体中を巡っておかしくなりそうだ。そのせいで背中が無意識に反ってしまったり、足が時折痙攣を起こすみたいに震える。堪え切れなくて氷室の顔をぺたりと触って、んん、とくぐもった声で訴える。でも離してくれたのは一瞬で―やめて―と言葉を紡ぎきる前にまた唇が重なった。頭の中で水が滴るみたいな音が木霊して、どうしようもなくなってしまう。
氷室の唇の柔らかさとか、耳を塞ぐ手の大きさとか、体温とか。全部が恋しくなって胸が苦しい。ん、ん、と無意識に声が漏れてしまって、自分では止められなくて。ようやく唇を離してくれた氷室は、悠、誘ってる?と至極嬉しそうに笑った。
零距離
(その腕に捕らえられた)
訂正:20121127
初出:20120901