サイレンスキス
※腹黒彼女
※激短
もう三十分以上はこの状態だ。
「おい」
「ん?」
「それ、後で良いだろ」
「良くない」
悠は本に噛り付いてこっちを見もしない。視線は文字を追って上下に移動して、定期的にページが捲られていく。その様を、何が面白くてぼんやりと眺めてなくちゃならねえんだ。
「…おい」
「もうちょっと待って」
もう一回声をかけても相変らず冷たい態度。隣に座る俺を全く意に介さない。すげえ腹立つ。でも読んでる本を取り上げようものなら、すぐさま蹴りが飛んでくる(コイツの蹴りは洒落にならないくらい痛い。なんか急所狙ってくるし重たいし)。手持ち無沙汰で暇だから、悠の髪を捻って遊ぶ。これなら蹴られることはない。本、取り上げてねえしな。それが気に入らないのか、こっちをチラチラ見てくる。ぐりぐりと髪を巻いていくと、痺れを切らしたように本を閉じる。
「もう、邪魔しないで」
少し身を乗り出したと思ったら、頬に体温を感じた。それとほぼ同時に唇に生暖かい感触。時間にしたら、ものの一秒もなかったはずだ。顔が、離れていく。
「あと五分、待って。すぐ終わるから」
それだけ言うと、また本を開いて続きを読み始める。お前、何しやがった、今。思いもしなかった悠の行動に、言葉を失った。
訂正:20121127
初出:20120909