傍観する敗北者
※腹黒彼女
※山崎の横恋慕的なアレ


「………」

一瞬、奇妙な間があった。

「何やってんだお前」

「…見りゃ分かるでしょ」

「分からねえから聞いてるんだけど」

「…昼寝…」

「その体勢でか」

文庫本を手にしたままの状態での鳶座り。頭をぐったりと下に向けてるけど、この体勢で一番クるのは首じゃなくて腰だったりする。女子特有の痛みを抱えてるのに、この体勢は余りにも自虐的過ぎる。でもこうでもしないと意識が飛びそうになる。要は座ってるのが辛い。そんな時に天敵の花宮が来るんだ。運がないとしか言いようがない。

「お前は意味もなくそういう馬鹿な体勢とる奴だったのか」

「…いや違うけど」

「じゃあ何だよ。馬鹿やってんじゃねえ」

「…お腹、痛くて動けない」

言った後に弱みを握られそうだと、思った。弱みというか、これをネタにしばらく弄られるんじゃないかと。若しくは鼻で笑って無様だな、とか言って嘲ってくるに決まってると想像していた。けれど返ってきた言葉は予想を大きく外したものだった。

「薬は」

「…?ない…けど…」

「…はあ」

花宮が溜息を吐いたのと、頭に何かが被さってきたのはほぼ同じタイミングだった。一体なにが、と手に取ったそれは霧崎第一と英語で表記された深緑色のジャージ。これ、バスケ部のじゃないの。体勢を起こしてジャージを眺めてると、命令口調でつっけんどんに言いながら私を睨んでいる。

「それ着て暖かくしとけ」

「え」

「薬買って来てやるから大人してろ」

「ちょっと、花宮」

「下手に動いてぶっ倒れられたら面倒だから動くなよ」

花宮はそこまで捲し立てて踵を返して屋上からいなくなった。命令口調なのが気に障ったけど、今は何より厚着出来るのが有り難い。文句は言わずに借りることにした。膝にかけると、足に風が直接当たらなくなって暖かく感じられる。今度から膝掛けでも持って来よう。そうすれば薬がなくても少しは痛みを緩和出来るかも知れない。腰が痛いから思い切って寝転がってしまいたかった。

瀬戸や原辺りのバスケ部レギュラー陣がまだ顔を出していないから、ちょっとの間くらいは良いだろう。足にジャージを被せたし、下着が見えることがないと確認してひんやりとした地面に体を横たえた。



これはどうみてもバスケ部のジャージだ。しかもそれを使ってるのが、最近やたら屋上にやってきてバスケ部のメンバーに混じって一緒に飯を食ったり、花宮と行動している優等生然とした掛川だった。どういう経緯でここにジャージがあるのかいまいち飲み込めない。まあ、花宮のものではあるのだろうけれども。

「おーい…?」

地面に横になって目を閉じているそれを一見したら何があったのかと思う。でもただ寝てるだけだろうな。細い寝息が聞こえた。ゆっくりと肩が上下して脱力して放り出されてる腕はすっかり弛緩してる。掌が上を向いて指が中途半端に開かれて、マニキュアなんて塗ってもないのに綺麗な桃色の爪が並んでいた。所属してる部活のせいで手が厳ついもんだと思ってたけど、よく見れば普通の女の手だ。薄くて柔らかそうな手。手首の関節の盛り上がりから、セーターの上からでも分かる腕にかけてのライン。ブレザーで見えないけどきっと細い肩。

「掛川…」

長くて黒い髪が顔にかかってる。手触りが良さそうだと見る度に思ってた。普段は優しそうな顔してるけど、俺らの前だと人相も言葉遣いも悪くて。後者の方が素だと知ってギャップというか、その落差に思わず惹かれてしまったところがあったのかも知れない。クラスの連中と話すと疲れる、とか前に言ってたけどにこやかに微笑むのもストレスの原因だったりするのか。あれ、俺は結構好きなんだけどな。そっと掛川の体に触れようとしたら、低い声が響いた。

「おい」

怒りの色すら伺える声のする方を見遣る。

「何してんだ山崎」

訝しげに俺を睨んでる花宮の手には、コンビニか何かのビニール袋が握られていた。

「倒れてんのかと思って。しかも俺らのジャージかけてあるし」

「俺が貸したんだよ」

「ふーん」

あと数センチで触れそうになっていた手を引っ込めて掛川から距離を取る。入れ替わるように花宮がしゃがんで声をかけた。それでも反応しないのを見兼ねて肩を鷲掴みにして掛川の体を揺さぶる。

「起きろ悠。薬さっさと飲め」

「う、はなみや…?」

「爆睡してんじゃねえよ」

脱力しきっている掛川の体を無理やり起こして、袋から取り出した薬の箱を手渡す。寝起きの割にしっかりした手付きで箱とペットボトルのキャップを開ける掛川の隣に、至極当たり前のように座る花宮。

―ああ、俺には勝ち目がねえ。

花宮が買ってきた薬を嚥下する様子を見て、俺は確信した。


傍観する敗北者
(天地が引っくり返っても、勝者に成り得ない)


訂正:20121203
初出:20121019
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