手のかかる子供が二人
※腹黒彼女


「空手部って今日、部活休みだよな」

テキストを鞄の中に入れている掛川に問うと、そうだけど、と素っ気ない答えが返って来た。

「花宮が風邪ひいた」

「ふーん」

「医者はインフルエンザじゃないって言ってたらしいんだけど」

「で、花宮が風邪ひいたことと私が部活休みなのと一体どういう関係が?」

ワザとらしく言う掛川は俺の方を見て眉を顰めた。背が低いのにやたらと威圧感あるんだな。目付きが鋭い所為だろうけど。

「心配じゃないのか。彼女だろ」

「彼女っていう皮を被っただけのクラスメイトなんだけどね。仮初めの関係なのに心配なんかする筈ないでしょう」

「…見舞い、来る気はないか」

「なんで私が」

うわ言で呼んでいたから、とは言えず。昨日した、花宮の家での会話を思い返す。

「飯、食わないと薬飲めないぞ」

「…野郎の作った飯が食えるか」

「とか言いながら食うんだな」

文句を言いつつ無骨な料理を、口に運ぶ花宮の顔色は芳しくない。大して腹に収まることもないまま処方された薬を飲んでいた。

「悠…呼んで来い」

「掛川は呼んでも来ないと思う。嫌だって即答されるのを、一番分かってるのは花宮だろ?」

「……良いから呼べ…今すぐ」

「だから無理だって」

駄々っ子か、とツッコミを入れたくなるほどにしつこく名前を呼んでいたっけ。そのあと、花宮は薬が効いて少し楽になったようで寝入っていた。今朝のうちに今日の放課後も様子を見に行くとはメールで伝えたものの、それに対して返事はない。と、今までの経緯を考えていると、凛とした声で名前を呼ばれ我に返る。

「瀬戸?」

掛川は肩からカバンを提げて既に帰る準備が整ってしまっている。どうにかして言いくるめないとならない。そうしないと、最終的に俺が迷惑蒙りそうだ。

「アイツ、かなり弱ってるから借りを作るのは良い機会じゃないかと」

「…仲間を売ったな」

花宮のメンツを保ちつつ掛川が来るように仕向けないといけないからな。これは建前だ。

「借りか…」

良い機会、という言葉に掛川は何やら考え込んで、うん、と頷いて承諾してくれた。

「まぁ、行ってやっても良いよ」

どこまでも素直じゃないんだな。とは言わずにありがとうと代わりに言っておいた。

「症状はどうだったの」

「咳と喉の痛みが酷いって言ってたな」

「えーっと、それなら蓮根が良いかも」

「なんで蓮根?」

「蓮根粥作るの。咳酷いなら少しはマシになると思う」

花宮の家に行く途中で立ち寄ったスーパーマーケットで、かごにあれこれ放り込んでいく掛川の様子は主婦みたいだ。

「掛川って家庭的なんだな」

「さぁ、どうだか」

冷たくあしらう態度に、家庭とか家族に関することを聞いてはいけないような気がしたのでそのまま閉口した。触れられたくない部分くらい誰にでもあるよな。

「アイツ自炊しないから台所に何もなかったんだよ」

「何もない状態から色々準備してご飯作ったのに野郎の作った飯が食えるかって恩知らずなこと言う花宮爆発すれば良いのに」

「まぁ男の料理は元気な時に食いたいんだろうよ」

「普通そんなこと言われたら怒るもんだけど、瀬戸って意外と良い奴だね」

「一言余計だな」

会計を済ませてビニール袋を提げて目的地に向かう。これで花宮の家に行ってアイツがピンピンしてたら掛川は怒るんだろうか。まあ、花宮が元気ならメールの返事くらい寄越す。その返事がないってことはまだ寝込んでる証拠だ。

「結構買ったけど大丈夫か?」

「花宮に請求するから大丈夫」

「あ、そう…」

なんていうか、掛川は強かだなと感じた。



薄靄のかかったような意識が一気に晴れた。人の気配に聞き慣れた声。部屋のドアが乱暴に開け放たれて居間の灯りが差し込んでくる。

「花宮、生きてる?」

「なんで掛川は毎回毎回生死の確認からするんだ」

「……悠か…」

「あ、生きてたか。それにしても本当酷い声」

更に耳障りな声になってくれたもんだねと悪態をつく悠を他所に健太郎が飯を作りに来てくれた、と耳打ちする。その言葉が俄かには信じられなくて、見えないにも関わらず悠の姿を探した。既に台所で何か作業をしている気配がする。

「花宮が、掛川を呼んで来いって言ったんだからな」

「…は?」

「覚えてない訳ないよな」

「………」

「覚えてないんだな」

やれやれ、と肩を竦め台所の方に歩いて行く健太郎は飯が出来るまで大人しく寝てろよ、と言った。ドア越しに聞こえる会話が気になって仕方なくて寝るどころじゃねえんだけど。

「リンゴとゼリー、買って来たのは良いけどアイツ食べるのか」

「知らない。でも何も食べないよりは何でも良いから腹に入れた方がマシだと思うよ」

「嫌がりそうだな」

「食わないなら無理矢理食わす」

「はは、掛川怖いな」

「蓮根、擦り下ろしてくれる?」

「全部か?」

「全部」

ゴリゴリと鈍い音が聞こえて来て二人の会話が途切れた。誰も居なかった家に第三者が入って来たことに違和感と鬱陶しさを覚えつつも、不思議な安心感に目が冴える。昨日、健太郎が作った飯以外何も食べてない所為で起き上がるのもやっとだったが、怠い体を引き摺りながらリビングに向かう。

「起きて大丈夫なのか」

「っていうか起きてくんな邪魔だから。寝てろ馬鹿」

「容赦無いな」

「当たり前でしょ」

「水…」

掠れた声で要求すると、ペットボトルの蓋を開ける音がした。

「はい、ポカリ」

「ん」

喉も余程乾いてたらしい。飲み干したあと、座ってるのも辛いからソファに雪崩れ込むように倒れる。目を閉じて一息ついた。その途端。額に、ひんやりとして柔らかい感触に驚いて目を剥いた。ひっ、と息が漏れた。

「っ!」

「酷いのは声だけじゃないみたいだね。かなり熱あるし」

悠の手が、額に乗せられてる。体温計くらい置いとけよ使えねーなと言葉を吐き捨てながら柔らかいそれが離れて行く。続いて「インフルだったら良かったのに。こじらせてさっさと死ね」とかいう罵詈雑言が降ってくるかと思ったがそんなこともなく。

「掛川、粥が良い感じ」

「ん、すぐ行く」

代わりに濡れタオルを半ば押し付けるようにして、悠は台所に戻って行った。



「じゃ、私帰るから」

「悪かったな」

「瀬戸は帰らないの?」

「ちょっと部活のことで話があるから」

興味なさそうにふーんと相槌をうってそのまま玄関を出て行った。静まり返った部屋。掛川の作った飯を全部平らげた花宮は大人しくベッドの中で横になっている。

「話なんてないよな」

「………」

「俺と掛川を一緒に帰らせたくなかったんだろ?」

「うっせー」

げほげほと咳き込む花宮は俺を睨んだあと、寝返りをしながら舌打ちした。二人して素直じゃないんだな。早く治せよ、と聞いているんだか聞いてないんだか定かではない花宮に声をかけて、俺も帰路についた。


手のかかる子供が二人
(両者もただのへそ曲がり)


20121126
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