ウィスパーボイス
※零距離の続き
※陽泉マネージャー(三年)


目を細めて、氷室は笑った。

「悠、誘ってる?」

その顔は酷く色に溺れたような表情をしていて、高校生の纏う雰囲気ではないということだけは分かった。何かを必死に抑え込んで隠そうとしているみたいだった。けど、確信した。私はこの直後に氷室に抱かれてしまうんだ、と。



「さ、誘ってない…っ!」

「あんなに可愛い声出してたのに?」

「出したんじゃないの、出ちゃったの…!」

「出ちゃったって…ふふふ。無自覚なのところが悠っぽくてイイね」

「いやいやいや意味がわからないんだけど…!」

耳まで真っ赤にして反論してくる悠は、先輩というには頼りない。俺の雰囲気に気圧されたのか、この先の行為を察したのか徐々に後退する。その足首を掴んで制止させて上から圧し掛かると、距離を取ろうと腕を突っ撥ねてきた。不安げに下から見上げられると、ちょっとクるね。

「展開が早すぎてついていけないから、クールダウンしてお互い冷静になった状態で話し合おう…!」

「俺は十分過ぎるくらい冷静だよ」

「あっ」

腕を絡め取って体を抱き締める。体は隙間なく密着していて悠の顔が至近距離にある。鼻先が触れてしまいそうな近さで目が合うと、悠は目を伏せた。赤くなってる目元で睫毛が影を作る。

「待って氷室…っ」

「ねえ悠、いつまで苗字で呼ぶ気?」

「だ、だって恥ずかしいじゃない…」

部室にズカズカと入ってきてグラビア誌を一緒に見ようとする人が、何でそんなことで照れるんだろうか。腕の中に閉じ込められてもまだ足掻こうと身を捩ったせいで、制服が少し肌蹴けて濃紺の下着が覗く。

「下の名前で呼んでくれるまでずっとこうだよ?」

さっきみたいに掌で耳を塞いでひたすらキスを施す。悠の耳の形は妙に触りたくなる。滑らかで意味もなく手が伸びる。

「ひ、っ」

額に唇が触れるだけなのに大袈裟に肩を竦ませて、息を飲む悠は下着が見えそうになってるのも気にかけず、膝を立てて逃げようとすればするほど足が縺れてしまって立ち上がれない。

「やめ ん、っ」

口から出てきて欲しいのはそういう言葉じゃないんだけどなぁ。小さく痙攣するみたいに震える膝を盗み見ながら、今度は鼻先にキス。何度も繰り返される接触に疲れてしまったのか、抵抗するために強張っていた体から徐々に力が抜けていって最終的には俺によりかかって肩で息をしている。

「悠、そろそろ観念したら?」

「うう…」

乱れる髪を整えていると、掠れる声がしてきた。

「た つや…」

「何?聞こえない」

本当はしっかり聞こえてるけど、人の名前呼ぶときはしっかりこっち見ないとね。顎に手を添えて顔を上げさせたら驚いた表情を見せたけど、腹を括ったのかいつもよりほんの少しだけ高い声で、呼ばれた。恥ずかしそうにしつつも、こちらをじっと見つめて、言った。

「…辰也」

初めて名前を呼んで貰ったのとその表情がそそるものだったから、ついつい抑えきれずにハイになってしまって。次の瞬間には悠を押し倒していた。



肌を撫でる手は的確だ。

「ん、や…っ」

は、恥ずかしいから見ないで!そう言って手で目隠ししたのはほんの数分前。それなのに、辰也の手は構うことなく動き続ける。初めてなのに私の体を熟知してるみたいで、少し怖い。組み敷かれた私は辰也の目元を掌で覆う。辰也は、律儀にそれを続ける私を無視するかのように体を弄りながら言った。

「腕、疲れるよ」

「み、見られるよりは良いの…!」

「ふーん」

興味なさげに返事をした辰也は、私の上から退いて足元に手を伸ばした。それにつられて上体を起こす。私の手で遮られて視界がほぼゼロのはずなのに、迷うことなく踵を持った。そして紺ソックスを脱がしたかと思ったら、あろうことか爪先に、キスをしたのだ。わ、だめ、やめて。

「や、止めてよ 汚いってば…っ!」

「全然汚くない」

「ほ、ほんとにや… 、っ」

ちゅ、と小さなリップ音と温かい感触に体が反応する。それが恥ずかしくて目を閉じた。

「ひゃ ん…っ」

ただでさえ余裕がないのに、下着が見えそうになってるスカートを抑えるのに意識が集中して他に気を回せない。しつこく続けられる足先への愛撫をやめさせようと、辰也の肩と手を押さえた時点で我に返った。いつから辰也の目元を覆う手を離してしまっていたのだろう。切れ目の涼しげな目が、私を見下ろしている。しっかり目が合ってしまった。

「悠」

「へ」

「その目付きは反則じゃないかな」

反則って言われても自分がどんな目付きをしてたかなんて知らないよ。どうしよう、なんて返せば良いのかな。気の利いた切り替えしなんて出てこない。そもそもこういう雰囲気で気の利いた言葉って、どういうものなんだろう?どうしようどうしようどうしよう。混乱して思考回路がパンクしてしまって、最終的に出てきた言葉が、これ。

「ご、ごめんなさい…?」

うわあ、阿呆な返事をしてしまった…!



「ご、ごめんなさい…?」

切なそうに声を抑えてる表情に鳥肌が立ってしまった。不意打ちを食らって、我慢出来なくなってしまって。本当に反則だと思った。本音を言ってしまったあと、どんな言葉が返ってくるか想像する必要はなかった。その言葉をいつもみたいに飄々と受け流すか、論点のズレた回答が戻ってくるかと思ったから。でも、酷く困惑した顔をこっちに向けて、それでごめんなさいって。俺を見つめる悠に理性が吹っ飛んだ。

「悠っ」

「んっ!?」

謝罪の言葉で箍が外れるって、一体どういうことなんだろう。自分でも意味が分からないし、状況が上手く飲み込めない。床の上に四肢を放り出すような格好になっている悠の制服の裾が捲れて、白い肌が、見えた。何かを考える間もないまま、その隙間から手を差し込んで温かい皮膚に触れる。そのまま掌を上の方に滑らせると、悠は体を小さく震わせた。鳥肌が立ってる。

「あ、ん…っ」

下着の上から(お世辞にも大きいといえるサイズではない)柔らかいそれを包み込むと、鼻から抜ける甘ったるい声を出す。静かな部屋の中で、悠の声が反響して聴覚がそれを聴き取ろうとしている。視覚も触覚も聴覚も、全部悠でいっぱいになってそれが心地良くて。こんな状態がずっと続けばとても幸せなんだろうと思いながら、下肢に手を伸ばす。

「や、恥ずかしいってば」

太ももの付け根が見えそうなくらいに捲れたスカートを下ろそうと躍起になってる。悠のスカート丈はいつも、膝上の少し上くらいだからここまで腿が見えてるのは新鮮だ。

「隠さないで」

「だって…」

本当に抵抗するつもりであるなら、こんな生易しいものじゃないはずだ。羞恥心からこういう行動に出てるだけ。素直じゃないんだね悠。弱弱しく押さえる手の横をすり抜け下着の隙間から、指を滑り込ませて目的のその場所に触れた。

「…あ」

柔らかさとぬめり。予想以上に湿り気のある指先に、驚きと感嘆から声が漏れた。それと同時に悠の頬から耳元にかけて、一層赤みを増す。

「だ、だから 恥ずかしいって …」

言ったのに、と続くはずだっただろう言葉は掠れて消えてしまった。押し込んだ指が熱い。程よく包み込んでくる壁を指の腹で押し上げると、俺の腕を太ももで挟み込んだ。入り込んでしまう前だったら意味があったかも知れないけど、指がすっぽり収まったあとでこんなことされてもあまり効果はない。

少し力を入れて内側をなぞると「たつや」と艶っぽく名前を呼ばれて、切羽詰る。早く、悠と繋がりたい。肌蹴ただけのブラウスに、靴下は片方だけ脱げててスカートはだらしなく捲られてて下着は濡れたせいで少し色が変わってる。いやだな。がっついてるみたいだ。がっついているつもりはないけど、多分悠からしてみたら十分そう見えるんだろうなあ。冷静でいるつもりだけど、多分冷静じゃないんだろうなあ。

もやもやと体裁を気にしながらも手は止まらない。いつの間にか、自分のそれを悠の入り口に宛がっていた。体重をかけていくと徐々に入っていく。異物が押し込まれる感覚が辛いのか、悠は眉を寄せて目を瞑っている。

「ん、」

「痛い?」

「、へいき…」

苦しそうに喘ぐ顔が、吐息が、悠の全てが思考を阻んで一つのことにしか気が回らない。本能的な部分だけを残してあとは消え失せて、もう目の前にいる女性を抱くこと以外に何も考えられない。柔らかい粘膜の中に収まったそれから伝わる熱で、益々その考えは助長されていく。ぞくぞくした。ただ悠のことだけを考えて、悠の熱に身を任せたままでいたい。

「あ、んっ  たつ、や…っ」

色めく悠の声がそれに拍車をかける。足を開いて俺を受け止めて、涙ぐむ悠をもう少し泣かせたい衝動に駆られた。可愛い声で鳴くのか、それとも色っぽい声で鳴くのか。どちらにせよ、気の済むまで止まらない。

「鳴いて、悠」

動くと同時に悠が微かに悲鳴を上げたけど、止まることはなかった。



ウィスパーボイス
(声に酔う)


20121224
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