日常の幸福
※美術部夢主
※ついったで素晴らしい妄想を投下して下さったぜんさん、ありがとう、ありがとうございます!
※ハッピーターンを片手にお読みになるとより一層楽しめるかと思います


上機嫌なその声は俺の気持ちを少し鬱屈させる。

「しっあわっせはー歩いてこないー」

しかもその声が徐々に俺に近づいてくるんだから余計に拍車がかかる。

「だーから歩いてゆくんだねー」

俺に向かって歩いてくる人物を、横目で盗み見る。

「一日一歩っ三日で三歩っ!さーんぽ進んで二歩さがるー」

律儀に三歩進んで二歩下がった。そして意気揚々と片手を天井に突き上げながら声高らかに歌う、俺の彼女の悠。年がら年中テンションが高い。

「じーんせいは、ワン・ツー・パンツ!」

「いやパンチな」

「おっ、ドルオタの宮地でも水前寺清子は知ってるんだね?」

聞き捨てならない台詞が聞こえたが、食いつくと悠のテンションを上げる手伝いをするだけになるから敢えてスルーだ。そもそも公衆の電波でそんな歌詞を歌うやつはどこにもいないだろうよ。遂に俺の前に来た悠は楽しそうにケタケタ笑っている。何で俺はこんな奴と付き合ってるんだろうか。あ、いや、好きだから付き合ってるんだけどよ。人の気持ちも知らずに悠は堂々と携帯を弄っている。

「…先生に見つかるとうるさいぞ」

「私が今まで学校に持ってきた違反物が一個も回収されたことないから安心したまえ」

「あっそ」

「私って隠し通す天才じゃないかな。iPodにPSPにDVDプレイヤーに漫画にワックスにヘアアイロンに枕に膝掛けに、あと間違って持ってきた兄ちゃんのTENGA。諸々持ってきたけど一度も見つからないってのは武勇伝に出来るね」

「最後のやつなんで間違って持ってきた」

悦に浸る悠を放置しているとばりばりと何かを砕く音がしてきた。小気味良い音に振り返ると、ハッピーターンの袋を手に豪快に貪っていた。

「…何してんだ?」

「ハッピーターンを食べてる」

「そういうこと聞いてるんじゃねえよ」

「亀田製菓の愛を噛み締めてる」

「…えっ、何?」

「1977年の発売当時、オイルショックの影響で不景気だったから、“お客さんに幸福が戻ってくるように”って願いを込めて名づけられたんだよ!ほら!亀田製菓の愛を感じるじゃない!因みに発売当初は高級感漂うイメージを出すためにエッフェル塔の青色のシルエットを表面に塗装した缶に詰めてたらしいのね。で、ちょっと割高な価格設定で売れなかったんだけど、包装をビニール袋にして価格下げて大衆化路線に転向したんだって!今食べてるのは一個ずつ包装されてないやつだけどね!ついでに私は柿ピーのわさび味が好き!そんでもって亀田製菓好き!」

「そこまで詳しく諳んじられるのになんでお前成績良くないの?あとその亀田好きのアピールうっさい」

むしゃむしゃ咀嚼し終えて袋からまた一つハッピーターンを取り出して、口に運びながら悠はぼやく。

「朝起きたら机の角に小指ぶつけるし、お椀ひっくり返して味噌汁零すし、靴下片方だけ見つからないし見つけたと思ったら穴開いてるし。これは不穏の兆候だなって思ってハッピーターン買ったわけよ。部活のお供に柿ピーも買ってきた」

「人の話聞いてるか?」

「聞いてる聞いてる」

その態度は絶対聞いてない。悠の聞き流しているようにしか見えないその行為は普通なら頭にくるもんだけど、それで人を自分のペースに巻き込んでいく。ああ、畜生。気に食わねえのに。黙り込む俺の顔を見るなり悠は少し悲しそうに表情を曇らせた。ムスッとしてたらしい。

「眉間に皺寄せてると幸せが逃げるぞー?」

「溜め息吐くと逃げるとは聞いたことあるけどそいつは初耳だな」

「そんな宮地に…はいどうぞ!好きなだけ持っていくと良いよ!」

「何だ、くれんのか?」

「モチのロン!」

満面の笑みで袋を差し出す悠は子供みたいに純粋に見えた。(実際には隙あらば下ネタを口にするから、純粋とは程遠い。)その笑顔につられて手を伸ばす。それじゃ、遠慮なく。

「宮地の幸せよ、戻って来い!」

先ずお前の馬鹿高いテンションが少しでも治まれば幸せかも知れねえな、と思いつつ目当てのハッピーターンを手探る。が、肝心のものが、ない。

「…ねえけど」

「…あれ?」

悠は、オレンジ色の袋の中に手を突っ込んで確認をしたあと、一度俺の顔を見た。もう一回しつこく袋の中を掻き回すように探ってからまた俺を見た。悠は物凄くしょんぼりしている。怒られた犬みたいな顔してんぞ。

「…さっき私が食べたので最後だったみたい」

ごめんね、と言いながら肩を落とす。食いたくなったら自分で買うから別にお前がそこまで気を落とすことないだろうに。「これじゃ宮地の幸せは逃げたままだね」と悲観してるけど俺の幸せが逃げたっていうのは何を根拠に言ってるんだ。

「…あ、そうだ」

指を凝視したあと、悠は良いこと閃いたと表情を明るくしてその指を突き出して言った。白っぽい粉が、親指と人差し指の先にびっしりついている。

「まあ、お裾分けというにはささやかなものですが、どうぞ。ハッピーパウダーがついた私の指でも舐めて幸せゲットしましょうや」

「要るか!」

一昔前の胡散臭い占い師ようなの喋り方(こんな人が本当にいたかなんてことは知らない)をしながら迫ってくる悠の手を叩き落としてやった。そこまでして幸せ取り戻そうとは思わねえよ!阿呆か!轢くぞ!


日常の幸福
(悠がいれば別に高望みしねーよ)


20121227
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