赤銅色した鉄の味
※アンケコメ:花宮と殺伐関係
※腹黒彼女
※暴力描写あり


これが相手によって与えられたものなのか、相手に与える際に生じたものなのかの分別がつかない。全身が軋むようにぎこちなく、脳からの指令を上手く受け付けてくれない。でも、ここで立たないと意味がない。立たないと、立ち上がらないといけないのに、膝は笑ってばかりいる。

「っのやろう…!」

胸倉を掴まれた瞬間にそれを覚悟して息を止めて目を閉じる。直後、頬に重い衝撃を受けて床に転がった、筈だ。頭がミキサーにかけられてしまったみたいに前後左右に振れて平衡感覚がないから、正直なところ分からない。頬が痛い。痛いけど、体中あちこちそんな状態だから大差ない。

「大人しく殴られてると思ってんのか」

花宮の声に目を開けると、予想よりずっと視界が鮮明だった。揺らぎもない。うつ伏せになって下から見上げると、花宮はすぐ近くに立っていた。唇を切ったようで顎に血が伝っている。床に寝転んだまま起き上がれない。

もう一回殴ろうとしてるのか、膝をついて花宮は私の服を掴んだ。そっちこそ、私が黙って殴られてるとでも?さっきこいつが私にしたのと同じように胸倉を掴んで上体を起こす。

「その言葉」

耳元。至近距離、腹の底から声を張り上げた。息の続く限り、甲高い悲鳴を耳に叩き込む。破けちまえば良いんだ、お前の鼓膜なんて。絶叫と体当たりで花宮はバランスを崩した。

「―っ!」

「そっくりそのまま返してやる!」

腹立たしい。人のテリトリーに土足で入り込んで踏み荒らしているこいつが、腹立たしい。殴って蹴って、腹の虫が治まることはない。痛みも残るし一層不快感が募るだけ。それでも手をあげないと気分が悪い。気が済まない。

私の精神的な領域を荒らした、報いだ。報復だ。復讐だ。許せない。絶対に。気が立っていた。相手に防御する術も抵抗する可能性もあることを失念していた。胸元を足裏で押し蹴られて喉がつかえる。ド派手にすっ転んだ拍子、椅子の足に顔面をぶつけた。鼻から温かいものが流れている。口に入ってきて邪魔くさい。

袖で鼻を拭って、口の中の不快な味を吐き捨てる。馬乗りになってもう一度、花宮の頬に思い切り拳を振り下ろしてやろうと思ったけど、それより早く花宮の拳がこめかみに直撃して私はまた床に転がった。



女を殴ったのは、これが初めてだ。柔らかい皮膚に拳が沈む。裏拳を食らって悠の体が大きく傾ぐ。

「…っ!」

倒れ込みざま、こっちを見た。そこまでは目で追えた。そのあとは腹部への衝撃で前後不覚になった。蹴りを、脇腹に重たい蹴りを、一発食らった。

「がっ!」

心得のあるとは言っても実践にはさほど深くないはずだった。それなのに腕を体の前にして構えるファイティングポーズは、威圧感あるものだった。隙がない。最短距離、顔面目掛けて拳が吹っ飛んできた。こめかみを掠めて、反射的に手が出た。その直後にこれだ。体格差では勝っている。経験値を補って余りある。リーチも十分にある。それなのにコイツの反応―やられたらやり返す―の俊敏さときたら。本当は女じゃねえのかもと、思考が変な方向にいく。男の蹴りを受けたことなんざない。だからどれくらい痛いとかそういうのはわからない。

ただ直感的にこれはもう一回食らったら不味い、というのは理解出来た。無防備だった分、酷いダメージだった。息が詰まって、気管が空気を吸うことを拒絶する。痛みを堪えて掴みかかってくる悠の体を床に押さえつける。なりふり構わず、必死に。

「調子乗んな!」

悠の頬が赤黒く腫れ上がっている。互いに動きを止めつつ、腕を掴んで牽制しあう。次に動く時、自分が如何に優位に立つか。そのために四肢の自由を奪う。それは悠も考えている。隙あらば手の拘束を解こうと腕を振り回す。

「本気でやりやがったなこの野郎」

「当たり前。正当防衛だし」

「過剰防衛だ、馬鹿が」

「違うね」

「!」

小指をあらぬ方向に曲げられた激痛で、体を起こす。それがいけなかった。ほんの一瞬でも手を緩めると不利になるだけなのは火を見るより明らかだってのに。頭突きを食らう。脳漿が揺れた。もう一度、「正当防衛だよ」と抜かして頬に一発。首の筋だか、骨のどっちかが軋んだ。


赤銅色した鉄の味
(ぶっ殺してやる)


20130216
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