些事
※腹黒彼女で社会人
※前半が愚痴

仕事が進まないのは、半年前に異動してきた二回りも年上の契約社員に仕事を教えているからだ。教えるのはいい。それも仕事のうちだから。一年前の異動の際に役職が上がったことに伴い給料も上がった。わからないところがあるのは構わない。覚えていけば問題ないのだから。

「最近どうかしら」

「ひどいものです」

マネージャーとの面談は、本来であれば私の今後のキャリアや目標設定について深く話し合うものだ。だが、幸か不幸か設定した目標については達成済であることに加え業務も一定水準を満たしているため、評価も問題なかった。故に件の契約社員について言及するに至ったわけだ。

「本来であれば一か月で把握すべき業務を未だに覚えていない状態ですね。教えてもメモすら取らない。取るよう促せばどうにかやりますが、同様の業務が発生した際にそれを見返そうともしません」

ずっと年上、それこそ母親と同じほどの年齢のこの社会人は今まで一体どのようにして仕事をしてきたのだろうか。よくクビにならなかったものだと不思議でならない。はじめのうちこそやる気のない態度に苛々しつつも、今となっては呆れ以外に感情を抱かなくなった。

「半年経つっていうのによくないわね。なんかねえ、本人と面談していても掴みどころがないし打てば響くってわけでもなくてね…」

「全てに通ずるのですが、一人で仕事をすることに難儀するというより、誰かが自分に付きっきりでないのが嫌なようです。言動の端々にそれが滲むというか…」

「もしかして彼女、教育係のあなたが全部やってくれると思ってる?」

「はい」

「はあ…」

ただの愚痴だ。マネージャー相手に何を言っているのかと自分を俯瞰して思うのだが、これは仕事だ。金に関わる部分だ。円滑に業務を進める上では環境整備は欠かせまい。人間とて環境の一部だ。

「他の社員からも聞いてるの。彼女が担当する業務のうち、何ができて何ができていないのか。でも改めて細かく聞いて、半年かけてそれしか習得できていない事実にビックリしたわ…」

「先輩方にもフォローいただいて恐縮しています」

「貴方、いま繁忙期だからそれは仕方ないわ。逆にフォローがない状態でよくここまで我慢…いえ、持ちこたえてくれたと思う」

職場で問題児について頭を抱えることになるなど夢にも思わなかった。覚えの悪さ、飲み込みの遅さ、なにより仕事を溜め込むか放り投げるかしない姿勢に辟易していた。

日に日にかさが増える怒りと虚無感に教育期間が三か月目に差し掛かった頃だったか、あまりのストレスで自宅の洗面台の鏡を割った。通勤中に脳貧血で倒れた。胃痛が日に日に激しくなっていった。体が不調に蝕まれていく。原因が分かっていても自分で如何様にもできないということでまたストレスが増えるのだ。

「来週辺りから一人立ちさせましょう。併せて席替えも。他の社員に囲まれれば、掛川さんに仕事を丸投げできなくなるでしょうし。面談のときに、わたしからも言っておくわ」

小一時間ほど話し込んだあとデスクに戻って早々、件の彼女が書類を手におどおどと近寄ってきた。この聞き方は「前に説明された業務だけどやり方わからないから聞こう」パターンだな。この年増社員の顔色だけでそこまで把握できるまでになってしまった自分にがっかりする。本来であればこの女にがっかりすべきであるが、恐らく死んでも治らない性根なのだろう。笑うしか他にない。

「あのう、これ、どうしたら…」

手元を見遣れば他の部署より連携される文書で、後続の書類を受け取った後に処理を始められるものだった。今更聞くものでもあるまい。胃がキリリと痛んだ。てめえの案件だ。てめえで片付けろ。ぐっと喉に力を込めてどうにか飲み込んだ言葉の代わりに刺々しい本音を割とオブラートに包んだ言葉を吐けた。

「この間とったメモ、見てから聞きましょうか」

調べてから出直して来い。意訳するとこうだ。社会人としてまだまだ大人げないと承知していたがそろそろ堪忍して欲しいし、なかなかに平静を保てたではなかろうかと自賛したい。



ひどい疲れようだ。

「お前…灯りくらいつけたらどうだ」

「そうだね」

ソファに座ったまま頭を垂れている悠の表情は暗い。

「ひでえ顏してるな」

「そうだね」

煽ってもまるで響かず。帰宅してからいくらほどの間こうしていたのか。スーツのままぐったりと座り込んでいる。長い髪はしだれ柳のようで、これほども動かない。生きてるよな?

「…着替えくらいしたらどうだ」

「そうだね」

ようやく立ち上がった悠から経緯を聞いてみればなんとも陳腐だ。仕事を覚えない契約社員の扱いに手を焼いているらしい。野菜を手際よく刻みながら悠は鼻で笑う。脳内では野菜ではないものをぶった切ってるに違いない。

「仕事覚えなさ過ぎて支障出てるっていうのに当の本人は危機感ゼロ。イライラするわ」

「はっ、そいつはエゴだ」

悠は今の自分に到底当て嵌まらないだろう単語に鋭敏に反応して、弾かれたように顔を上げた。

「成長して欲しいだとか、考えてるんじゃねえんだろうな?」

自分より能力の劣るやつなんざ山ほどいる。そんなやつらに自分と同等の仕事が出来ると思えるのか。期待するだけ無駄だ。期待するから裏切られるんだろうが。切られた材料を鍋に放りながらそう言うと、悠は肩を揺らしてふふふと嗤った。

「そうね、馬鹿らしいことこの上ないわ」

二回りも年上の女の出来の悪さに振り回される?くだらないと気が付くまでに半年もかかっただなんて、阿呆の極みだ。何もかもが可笑しい。と言った心持ちだろうか。

「礼を言うわ、花宮」

前髪の合間から視線をこちらに寄越す様はまるで般若だ。嗤う般若が目の前にいる。くつくつと喉の奥で笑う悠は口端を歪ませて清々しいまでに、俺が言うのもなんだが、悪役顔負けのイイ顏をしている。包丁を手にしているから余計に様になっている。

「相手は何もできない子供、いや赤子だと思えば期待するまでもないわ。仕事が進まなかろうが電話の取次ぎができなかろうが気にしないわ。知ったこっちゃない」

いやそこまでは言ってねえし気にしないのは如何なものか。悠の疲労はやっぱりピークをとっくに超えていたようだった。


20180304
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -