噛み合わない凸凹
※アンケコメ:幼馴染な花宮と仲が良いと信じたい女の子
※幼馴染ヒロイン


保育園で一緒に砂弄りして遊んだのが、多分一番古い記憶なんじゃないかな。自転車を押しながら遥か前方に見える、男子高校生の後姿を見ながらぼんやりと考えた。

「まこちゃん」

いつの間にやら彼はスバ抜けて偏差値が高い学校に進学していた。打って変わって私は、中堅高校どころか一歩間違えば底辺に落っこちてしまいそうな高校に進学した。学校名を聞けば感嘆の言葉と羨望の眼差しを受ける彼。私はといえば、出身校を名乗る以前に制服を見ただけで顔を顰められる。月をスッポンの差だと思う。ううん、スッポンに失礼かも知れない。

「部活の帰りかなあ…」

最後に遊んだのはいつだっただろう。関西の方からこっちに引っ越してきて、それっきりだ。淡い記憶の更に霞んだ景色。一生懸命に記憶を辿ってもやっぱり思い出せるのは砂弄りをしていたことだけだった。中学に上がる前、街中で彼とすれ違ったことが一度だけあった。声もかけることも出来なければ、あちらが私に気がつくこともなかったけど。それでも再会を果たせて私の心は躍った。

でも、それっきりだった。まこちゃんが上京していた期間はとても短かったみたいで。やっぱり転勤族だったご両親に連れられてあっちこっち転校してたのかな。高校に進学して近くに学力差が天と地ほどもある高校を何で隣に建てるかなって少し不満に思ったけど、そんな不満すぐに吹っ飛んだ。その隣の高校に彼がいたんだから。薄暗い歩道にブレーキ音が響く。耳に障るから、油ささないと。

「まこちゃん。久しぶり」

こいつ誰だったっけ、と言いたげに私を見る。ひどいなあ…。でもなんとなく見覚えのある顔だって認識してくれたみたいで、警戒の色は薄れていく。

「なんだよ」

「久しぶりに会えたのに、その態度はないでしょう」

冷たいなあ、と頬を膨らましつつ私はまこちゃんの隣でちんたらチャリを漕ぐ。悠って下の名前で呼んでくれたのはいつだったかな。長いこと呼ばれてない気がする。

「おじさんとおばさん、元気?」

「最近会ってねえ」

「お仕事で忙しいの?」

「仕事以外に何があるんだよ」

「……」

昔はこんなにそっけない態度を取るようなことはなかったと思うんだけどなあ…。思い出フィルターかかってるのかな。それとも、何か聞いちゃいけないことを聞いてしまったのかな。おじさんとおばさんのこと、これは触れちゃいけないことだったのかな。

「うちの母さんがさ、十年以上まこちゃんに会ってないからって懐かしがってたよ」

「そうか」

「こーんな小さい時しか見てないから、大きくなったまこちゃん見たら多分ビックリすると思うの」

「へえ」

「気が向いた時でも良いし、暇な時でも良いからさ。今度少しで良いからうちに寄って顔見せてよ」

「ああ、考えとく」

「またね、まこちゃん」

反応の薄いまこちゃんの背中を見送って私はペダルを踏み込んだ。



下校中に、時たま顔を合わせることがある。霧崎第一高校の近くにもう一校高校が建っているが、恐らくそこ(お世辞としても褒めるには憚られるような高校)の生徒だろう。“自称幼馴染”を名乗る女子高生は俺の歩調に合わせてのんびり自転車を走らせる。童顔だが、どうやら同い年らしい。

「まこちゃん。久しぶり」

馴れ馴れしい奴は適当に相槌をうっておけば勝手に会話が成立する。どんなに警戒の視線を送っても、不遜な態度を取っても決して話しかけてくるのをやめない。そんなのが続くもんだから、鬱陶しくなっていつからか適当に返事をするようになった。「ああ」「そうだな」「ふーん」「へえ」当たらず障らず。肯定とも否定ともどっちにも取れる返事は便利だ。会話する気がないのを察して欲しいもんだが、それには意を介さず喋り続ける。

「うちの母さんがさ、十年以上まこちゃんに会ってないからって懐かしがってたよ」

こいつの家族とそんなに昔から付き合いがあったのか。“昔から”というのは語弊がある。俺はこいつと遊んだ記憶もなければ、こいつの家族の顔すら見た覚えがないから。

「こーんな小さい時しか見てないから、大きくなったまこちゃん見たら多分ビックリすると思うの」

こんな小さい頃、と言いながら膝の少し上辺りで掌を横にスライドさせながら言う。そんな小せえ頃のことなんか覚えてるかよ。

「気が向いた時でも良いし、暇な時でも良いからさ。今度少しで良いからうちに寄って顔見せてよ」

知らねえ人に顔を見せて、と言われてもな。面倒くせえなあ。一通りくっちゃべってすっきりしたのか、またね、と声をかけられる。出来るならもう顔を合わせることがないと良いんだけどな。返事はせずに歩みを速めた。


噛み合わない凸凹
(知ってるのに知らない、知らないのに知ってる)


20130428
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