言わずと知れた
※腹黒彼女


人肌が恋しくなる、なんて自分には縁遠いものだと思っていた。この言葉を口にしていた周りの奴らを見下してもいたし(人の悪いところとは目立つものだから良いところを探そうにもそんなの見当たらず、見下さずにはいられないようなやつらばっかりだった)、そもそもこの感情を抱いたことすらなかったからそう捉えていた。だけど、ただ単に知らなかっただけだったと気がついたのはつい最近。

「…、」

「ん」

触れてくる手を拒絶せず、好き勝手させるどころかその温もりを迎え入れてしまっている現状を踏まえる。どうやらと言うまでもなく懐柔されてしまったんだとまるで他人事のように、斜陽の僅かな光で薄ぼんやりとしている部屋の中で体温を感じながら頭の隅っこで考える。湿っぽい音を残して柔らかい口唇の感触と、息苦しいほどに近かった体温が離れていく。そして花宮は私を見下ろしながら、少しだけ感慨深そうに呟いた。

「えらい進歩だな」

「は?」

「初めの頃はへっぴり腰だったってのに」

「…そうだっけ」

そりゃ最初はおっかなびっくりだろうよ、と冷静に過去の自分を客観視する。変わったとは思うけどそれが進歩がどうかは知らない。

「それが今じゃ自分から腰擦り付けてきてんだからな」

「撤回しろバカ。この体勢じゃ普通そうなるわ」

向かい合った姿勢そのままにソファに雪崩れ込んでるんだから、そうなって当たり前。不可抗力だって。好き好んで擦り付けてるんじゃないんだっつーの。

「どうだか。誘ってるとしか思えねえな」

「誘ってない」

「言ってろ」

「ちょっと、コラ」

盛りのついた猫か。いい加減にしろ。ただでさえ暑苦しいというのに密着しているせいで余計に暑い。口で言って聞かないなら実力行使だ。抵抗して体を捩って、どうにか足の稼働域を確保。足の甲で花宮の腿辺りを蹴りつける。バチンと派手な音とともに花宮が悶絶の声を上げて、蹴りが直撃しただろう辺りを押さえている。伊達に毎日稽古してないからド素人からしたらかなり痛いんだろう。一応手加減はしたけど。

「悠、てめえ」

「撤回せずに盛ったアンタが悪い」

「盛ってねえ」

「これを盛ると言わずになんて言うわけ」

子供の口喧嘩の方がまだマシなんじゃないか。幼稚なやり取りに飽き飽きしていると、口元に鈍い痛みが走る。花宮が結構な力で容赦なく唇に噛み付いた、ということに気がつくのに少しばかり時間がかかった。

「盛ってねえって言ってんだろ」

ひりつく唇を指でなぞりながら「じゃあ何」と問いただす。花宮はちょっと視線を横に逸らして暫しの間考え込んだ。何でそんな真面目に考えてるんだコイツ。てっきり喧しいだの黙ってろだの言われるものだと思ってた。お互いぴくりとも動かないまま妙な沈黙が続いた。窓の外、ずっと遥か向こうで蜩が鳴いている。しん、とした室内は蜩の鳴き声が聞こえなければ時間が止まっていると錯覚していまいそうなほどの静けさだった。その静けさを破ったのはたった一言。

「さあな」

しれっと言った後、花宮はさっきと同じように私の唇に噛み付いた。それと同時進行でスカートの中に手を滑り込ませる。文句の一つでも言ってやりたかったけど、生憎口は塞がったまま。

―やっぱ、盛ってるんじゃない。

突き放して言ってやっても良かったけど、どういうわけか体を動かす気になれない。唇を食むように啄ばまれて何故かそれに応える。言えずに悶々としたまま行為が始まってしまった。


20130707
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