にじって押し潰して
※写真部夢主

「写真、撮るのは好きだけど定着剤の匂いが嫌いなの」

だからフィルムじゃなくてデジタルで撮ってる。現像も楽だしコストがあんまりかからないから。現像代とかフィルム代とか、結構お金かかるんだよね。仕上がりも画像が出来上がるまで確認しようがないし。ああ、私の蘊蓄なんて聞き流して良いよ。

「それ」

「ごめんなさい、勝手に撮っちゃった」

デジタルカメラのディスプレイに写る自分の後ろ姿を見た古橋くんは、私を少し睨んだ。ごめんなさい、だってプレイしている姿がかっこよかったから。でもSDカードの中にいる古橋くんはこれだけ。他には撮ってないよ。少し気まずくてプレビュー画面を切り替えた。

今冬一番の冷え込みと言われた雪の降った日、駅前の並木道が白むのを撮った一枚。田舎から大量に送られてきた段ボールいっぱいの蜜柑。日向で寛ぐ、近所に住みついてる黒い野良猫。クラスの友達と食事した時に撮ったご飯。ピンぼけしてるけど、雰囲気が出てるからこれはこれで気に入っている。統一感のない写真が液晶に現れては消えていく。

「撮って何にする」

「写真によっては、展示会に出すよ。でも基本的には何もしない。撮らないと、あったことなんて忘れちゃう。何もなかったように、存在してなかったように」

だからどこかに目印をつけておくの。そのための撮影。

「写真見ると、どこに行ったとか何をしたとか、たくさん思い出すでしょ?」

「…見たら少しは思い出す」

「そのために撮るの」

写真は時間を切り取る。流れる風景の、ある時の一瞬だけを四角の中に閉じ込める。他人から見て意味があるかないか、それは重要じゃない。私にとって意味がありすれさえすれば、それでいいの。

「あとは、武器かなぁ」

「武器?」

「責められた時の」

「誰に」

「私自身」

少しだけ眉間に皺が寄って、古橋くんは私を横目で見た。意味が分からないって顔してる。普通はそうだよね。意味が分からないだろうけど、こんなのでも私の中では理屈が通ってるんだよ。

「ちょっと物々しい気もするけど、反論の武器。身を守る材料」

未来の私が今の私を責める時、この写真を見て「何も考えずにいたわけじゃない」って反論するためのもの。その時の気持ちを思い出させるためのもの。

「自分のこと、嫌いなの」

数年前の私が、何事にも無関心な私が、思い人からの干渉を望んでしまう私が、無関心だから無意識に人を追い詰めるようなことを言ってしまう私が、何事にも一歩引いてのめり込めない性格になってる私が、自分が嫌いなのに誰かに愛して欲しいと渇望してしまう私が。

ありとあらゆる自分が嫌い。でも、嫌いが多過ぎるの。何が嫌いなのかが、時間が経つにつれて曖昧になっちゃう。だから撮る。撮る側になれば私はこの媒体の中にいない。客観的にものを捉えていると思える。見ているつもりになれる。だから写真を撮るのが好きなの。

「嫌いの証拠を残すための行為が好きって矛盾してるだろ」

「そうだよね。でもこれしか方法が思いつかなくて」

武器は多いほど良いと思う。反論するための材料もあればあるだけ良いと思う。多少矛盾してても、ないよりは心強い。いつかは責めたり詰ったりしなくて済む日も来るんじゃないか、って思える。

「…なんて言ってるけど、結局今の私は昔の私を責めてるし嫌いなのよね。たくさんのデータを蓄積させてるのに武器にも材料にもなっていない」

「辞めたらどうだ」

「手放す方がもっと怖い。自分を否定するみたいで」

今まで撮り続けた写真から意味を無くすようで。今までの私の存在意義を亡くすようで。続けていれば、意味があるんだと思いたいの。他人から見て意味がなくても、私から見て意味があればそれでいい。と思っている反面。

「どこかで無駄なんじゃないかって、思う時もあるけどね」

自分の傷がどこにあるかよく心得てるから、そこを的確に抉れるの。責めても辛いだけなのに。でもそれが辞められない。自分の痛いところを自分で引っ掻いて掘り返して、ずっと繰り返してるから慢性的になってどこが痛いのかわからなくなる。でも痛い。所在のない痛み。

「だから、真新しい傷を全く別のところにつけてくれる他人は凄く心地良い」

予期せぬところへ、不意になんの前触れもなく傷を作ってくれる。他人と言っても誰でも良いわけじゃない。貴方だけ。

「だから、古橋くん」


にじって押し潰して


痣だらけの体を眺めながら、痛々しい痕が残る腕を、足を愛おしそうにさすりながら悠は目を細める。

「いいの、これで」

細い腕が軋んだ。痛みに歪む顔はどこか生き生きしている。涙が溢れそうになりながらも「痛い」とは一言も口にしない。無遠慮に与えられる痛覚を嬉々として享受している。好き勝手に踏み荒らされるのを喜んでいる。痛みが大きければ大きいほど、態度にこそ出しはしないが悦んでいる。饒舌なのは体の方だった。

「自分に痛めつけられるより、他人に遠慮なくされた方が、ずっと楽。人のせいに出来るから」

痛みで目が覚めると言う。他人事だった自分の感覚が生々しく蘇るとも言った。だから構わないで続けて、と。ただの物のように扱っても構わない。貴方の意のままにして。私という、掛川悠という人間の存在すら無視して構わないから。だから酷くして。好きにして。思うままに痛くして。掠れる声で訴える。

「止めてとは言わないんだな」

「お願いしたら止めるの?」

「関係ないな」

そう伝えれば、ありがとう、と笑った。


20160228
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -