微かに晩秋の香りがする
※腹黒彼女
※同棲設定
外部からの刺激はなかったのに、ふと意識が覚醒した。もう起きる時間かと思い枕元の目覚まし時計を見遣るが、まだ夜中の二時前。何でこんな時間に―疑問はすぐさま確信に変わる。
「寒っ…」
ぞぞぞ、と悪寒が足元から頭の天辺まで一気に駆け上ってきて鳥肌が立つ。冷房は切ってあるのに、どうしてここまで冷えているのか。シーツを被ったところでちっとも温かさは感じない。寝てしまえばさほど気にならないだろうが、生憎寒さで目が覚めた以上は容易には眠りには就けない。
温かいものでも体に入れようか。いや、胃袋にものが入った状態ではすぐには寝られない。シーツをもう一枚引っ張り出すか。だが、深夜に手間のかかることはしたくない。考え付く限りの案を挙げては却下し、最終的には安直且つどことなく原始的な手段の案を採用し実行しようと結論を下した。
「ちっ、面倒くせえ」
手間をかけず確実に暖を取る方法。勿論向こうの都合なぞ考慮しない。する気もない。静まり返った室内をひたひた歩いて悠の部屋のドアを開ける。こっちに背を向けいつものように体を縮めて、ベッドの中で熟睡している。大して室温は変わらないはずなのに何でこいつは普通に寝ていられるんだ。おまけにキャミソールにショートパンツという軽装で。
深い寝息を立て安眠している様子を見ていると何故か無性にイラついてきた。シーツを力任せに引っぺがしてベッドに上がり、悠を腕の中にすっぽり収めて肩までシーツか被った。確実に35度以上はある物体が近くにあれば寒いはずはない。いい具合に体が温まってきた頃、湯たんぽ代わりになっていた悠がもぞりと動き出す。体に圧し掛かる重みとシーツを頭まで被っていた息苦しさに目を覚ましたらしい。顔の直ぐ近くに後頭部があったわけだから少し考えれば分かったことだ。俺の肩までシーツを被るとこいつは頭から被ることになるが、さっき言ったように他人の都合なぞ考慮していない。
「―っ ……?」
上半身だけを起こして振り返る。訝しげにこっちを睨む―視力が悪いのも相俟っている―悠はベッドの中に俺がいる今の状況をきちんと理解出来ていない。そりゃそうだろうな。
「起きるな寒いだろうが」
「は?」
「大人しく寝てろ」
「は?は?何?」
「いいから寝ろって」
「むぐ」
頭をベッドに押し付けて無理矢理寝かしつけようとしたが効果は薄かった。じわりじわりと意識が明瞭になってきてようやくベッドの中で二人して横になっている状態を把握した悠は跳ね起きた。
「悪気はないから」
「何の話だ」
「多分寝惚けてた。ごめんすぐ戻るわ」
「いやどこにだ」
「自分のベッド」
ここを俺のベッドだと勘違いしているらしい。覚束ない足取りでベッドを這い出ようとする悠の足首を引っ掴んで引きずり寄せた。勘違いしている点に付け込んでそっちに持ち込んでもいいが、そういう気分でもないしただ純粋に、というには語弊があるやも知れないが人肌がここにあればいい。
「そんな事どうでもいいから来い」
来いと言っておきながら返事を待つ暇すら惜しく、悠をきつく抱き寄せて二人してシーツに包まりそのままベッドに沈み込んだ。
微かに晩秋の香りがする
(人肌恋しくなる季節)
20130908