“待て”は出来ない
※腹黒彼女
※遅くなりましたが、あけましておめでとうございます

正月ってのはやることがない。もとよりテレビを好んで見ているわけではなかったが、つけてもさして面白くも感じられない番組が朝から延々と流れ続けている。正午を過ぎてもそれは変わらずだ。元旦営業している店は想像するまでもなく混んでいるからわざわざ出かける気にはなれない。そもそもその選択肢はない。この上なく、暇を持て余している。

「やあやあどうも。あけおめー」

暇を持て余しているはずだった。突然の来訪者は、いつも通りのテンションでアンニュイな挨拶をする。

「おめでとう」

「案の定お揃いだった。いやー俺冴えてる」

「何の用だ」

「暇でしょ?初詣行こうよー」

「なんで暇って決め付けてんの」

とは言うものの、暇であることに違いはない。

「他の連中と行け」

「古橋は家族と出かけて、山崎も家族で帰省してて、瀬戸とは連絡つかない」

「瀬戸は確実に寝てる」

「ちっ」

この冬一番の冷え込みということを知っていれば、原の誘いには応じなかった。いくら暇を持て余していたとはいえ極寒の空の下へのこのこ出てくる必要などなかった。何を言っても後の祭りなのだが。

「寒い」

「掛川ちゃん薄着なの?」

「ちゃんと上着着てるけど」

「手ぇめちゃくちゃ冷たいじゃん」

「触るな」

「あっためてあげようとしてるのに…」

いやそれは花宮の役目なのかな、と振り返って原はにんまりと笑う。何の笑いだ、それは。

「手袋持ってくれば良かった」

「今更言うなよ」

「そうだけど。ここまで寒いと思わなかった」

「手繋げば?」

「あ?なんか言った?」

「甘酒でも飲もうか」

悠の威嚇から逃げるように出店を眺めた原は話を逸らす。ちょっかい出すのやめろ。八つ当たり食らうのは俺なんだからな。

「あったかくなってきたんだけどこれって酔ってるのかな?」

ちまちま飲んでいるうちに内臓から温まってきた、ような気がする。甘いだのなんだの文句を言う気も失せるほどに寒い。凍てつくこの寒さは、最早痛みだ。

「こんなので酔う奴なんかいるのかよ」

温かいものを摂取したから体温が上がるだけだろう。知らねえけど。紙コップをゴミ箱へ放り、境内へ向かって歩き出そうとしたとき、悠にコートの裾をがっつり掴まれた。

「ちょっと待って」

「なんだよ」

「なんか、ふらふらする」

頬が赤い。いや、耳まで赤い。表情がかなり緩く、目が少しばかりとろりとしている。これは、もしかしなくても完全に。

「酔う奴、いたね」

面白いから写メって良い?と原は大層愉快そうに笑った。



人ごみを掻き分けて甘酒を飲みに行ったようなものだった。何かに掴まっていないと自立しているのが難しい悠をどうにかして家まで連れて帰るのは一苦労だった。やっと帰宅出来たかと思えば、悠はコートを脱ぐのもそぞろに床に座り込んだ。否、自力で座っていることすら出来ないらしい。そのままうずくまるように背中を丸めてテーブルへ寄りかかる。

「何で新年早々介護しねえとならねえんだ」

「う」

着込んでいたものを脱いで暑苦しさが少しばかり和らいだのか、悠の意識が徐々にはっきりしてきた。が、まだしらふには程遠い。

「とりあえずこれ飲んで落ち着け」

「ん」

悠は差し出されたペットボトルをぼんやりと眺めているだけだ。飲め、と目の前で揺らすとそれと取ろうとのろのろ腕を伸ばす。が、結局届かずに指先は空を切った。

「おい」

ぐったり脱力している上に、目が虚ろだ。大丈夫か、こいつ。

「せめて自分で持て」

「手、冷たいね」

「あのな」

ペットボトルを持たせようと取った手を握り返し、温度差を堪能している。(悠からすれば、俺の手はひんやりして心地良いんだろう。多分。)そして俺が渡したいものには目もくれない。なんだこの酔っぱらい。

「まず酔いを覚ますために水を飲め」

「うん」

「分かったんならさっさとしろ」

「手、冷たいね」

「そうだな、まず水飲め」

「うん」

「早くしろっての」

「んー」

人の話を聞いているのか聞いていないのか聞き流しているのか、定かではない悠は握った俺の手をいじっている。爪で関節辺りを引っかいたり、指先を撫で回したり。いつまで続ける気だ?

「さっき俺が言ったこと、聞いてたか」

「言ったこと?」

「酔いを覚ますために水を飲め、って言っただろうが」

「あー、うん、うん。それ聞いてた。平気」

「平気じゃねえな」

意志の疎通が図りにくい。悠のペースにまんまとはまってしまっている。こういう時、素面の人間は苦労するな。酔っぱらいの絡みにいちいち振り回される。なんてことを悶々と考えていたら悠は徐に俺の手の甲を、林檎みたいに赤くなっている頬に押し当てた。何の前触れもなく、突然。

「…!」

「はなみや」

絡んだ視線、握った手、抑揚のない声。なんだ、酔った勢いで頭おかしくなっちまったのか。俺を凝視する悠の姿は、いつもと違う。今の悠は、物凄い勢いで意思表示をしてきている。普段はここまであからさまではない。もっと遠回しに微かにしてきていたのに。否、今のそれは意思表示ではなく、欲求だ。しかも「こうしたい」ではなく「こうする」という、一方的なぎらついた欲求。

「悠」

落ち着け。一瞬たじろいだ。それをきっかけに草食動物に襲い掛かる肉食動物よろしく素早い挙動で、いつもよりずっと高い体温が襲い掛かってきた。


“待て”は出来ない


修正:20150425
初出:20140105
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