江海に移る
※腹黒彼女
※俎上の魚の続き。短い。
しでかした、というか弛んでいたというべきか。数日前に先輩の組み手稽古に付き合ってたら手首を捻挫した。痛みも腫れも未だ引いたとは言えず、完治には程遠い。稽古に参加出来るのは恐らくだいぶ先になるだろう。でも利き手ではなかったのが不幸中の幸いだった。選択科目の授業を終え教室へ向かう途中、同じ授業を受けていた原に声をかけられる。
「この後部活でしょ」
「いや、病院」
「ああ、産婦人科か」
なんでだよ。口に出すのも面倒で代わりに原の左腿へ蹴りを一発。歩くサンドバックはアタッ!と男らしからぬ悲鳴を上げた。
「やだなあ、冗談なのに」
「趣味が悪い」
「捻挫?」
「ん」
少し大仰に巻かれたテーピングのお陰で外からの衝撃は緩和されるけど、それでも痛いときはかなり痛い。健常な体が恋しい。羨ましい。その心情を察した上で、敢えて空気を読まずに原は言った。
「俺も捻挫しようかな。そしたら部活休めるし」
「いっそ骨折すればいいのに」
「酷い」
その容赦ない切り返しの鋭さイイねー、とニヤニヤ笑っているのが目に見えている。悪かったと謝罪するその心打ちでは微塵も思っていない癖に謝るな。ああ、そういえば。原は何か思い出したように呟いた。
「うちの監督も今日部活来ないんだよなあ」
まさかの聞き間違いか何かかと思ったがそのまさかだった。数十分後、昇降口で花宮と鉢合わせした。
江海に移る
(気が抜けない)
※俎上の魚 江海に移る=危険な状態を脱して安全なところに移ることのたとえ。
20140505