刺す冷たさの灼熱
※腹黒彼女

『…分ほどの遅れが生じております。お急ぎのところ大変申し訳ありませんが…』

忙しなく流れるアナウンス。振替輸送の案内をしては、当駅までの電車到着予定は未定であることを伝え、そして謝り倒す。寒風に凪いで目にかかる髪を耳にかけながら時刻が表示されていない電光掲示板を、意味もなく見た。

「寒っ…雪でも降るのかよ」

人身事故による電車遅延で乗り換えする駅で花宮と一緒に待ちぼうけを食らっているわけだ。鮨詰め状態の蒸し暑い車内から抜け出せて涼しいと感じたのはほんの一瞬。陽が暮れてだいぶ経って、濃紺の星空の下、刺すような寒さに耐えながら電車を待つ。

「ちっ、暇だな。何か本持ってるか」

「持ってたら読んでる」

「使えねえな」

「お前もな」

私を小間使いか何かとして扱っているような言い草に腹を立てそうになりながらも、この寒さの前にはあまりにも些末。混み合う駅のホームで身を寄せるうちに肩が密着していた。制服、更には羽織ったコートの上からでも僅かながらに暖かさが感じられる。寒風に身を晒すよりはずっといい。不服ながらも半身を花宮に寄せて息を吐く。いつものことだけどあまり会話はない。暇つぶしの道具もない。氷のように冷たい風は容赦なく吹き付けて、ただ緩慢に時間だけが過ぎる。マフラーに顔半分を埋めて、とめどなくどうでもいいことを考え始めた。

今日やった数学の単元は好きじゃないから帰ったらもう少しやろう。

現代文と古文は後回しでも問題ない。別にやらなくてもいい。

アゴタ・クリストフの「どちらでもいい」はどこまで読んだっけ。

明日は部活で先輩と組手の稽古、テーピング持って行かないと。

ちょっとお腹空いた。

そうだ、クラスの子から借りた本、返そう。

寒い。骨の髄まで冷えた感じがする。あったかいコーヒー飲みたい。

「スカートだとやっぱり寒くて堪らないのよ」

ぼんやりとしていたところに、誰かの話し声が耳に入ってきた。

「ふふふ、くっついちゃって可愛いの」

独り言?ふとその声の主が気になって振り返る。それくらいに暇だった。

「そう、高校生…」

私と目があった、ショートカットのその女性は携帯を片手に「あら、聞かれちゃった」というような表情をほんの少し見せた。が、すぐに気まずくなったようでその場からそそくさと立ち去ってしまった。

―スカートだとやっぱり寒くて堪らないのよ

―ふふふ、くっついちゃって可愛いの

―そう、高校生…

「――あっ」

「…、!?」

他人から見るとそうなるのかと、唐突に理解してしまった。気が付いてしまった。素っ頓狂な声を出す私を不審げに見下ろす花宮とばっちり視線が絡む。

「なんだよ」

「いや、」

「は?」

「………」

「おい、 悠」

「別に…なんでもない」

途端に気恥ずかしさが込み上げてきて、花宮と面を向っていること自体が耐え難く感じて、目を逸らした。熱い、顔が赤くなってるんじゃないかと必死にマフラーで顔を隠す。相変わらず冷たい風が吹く。それに靡く髪に視界を遮られるのが、少しばかりの救いになるなんて。


20141206
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