目が言う
※腹黒彼女
酷かった、今月は殊更。快適だった先月の分が、まとめてやって来たような生臭いしこりが腹部を占領している。忍び足で侵食するような気味の悪い痛みと、唐突な平衡感覚の揺らぎに吐き気も催す。頭の中をミキサーにかけた上での乗り物酔い、みたいな感じ。最悪でしんどい。入ってるものを出せたら幾らかすっきりするんだろうけど、生憎胃液しか出てこない。
「うう…」
やっとの思いで薬を飲んだけど、胃の辺りが痙攣してるような感じがした。薬を戻すのだけは勘弁したい。辛うじて自立して、壁伝いに歩く。それはもう生まれたての小鹿のように震えながら。ようやくたどり着いたベッドで、毛布に包まって薬が効くのを待ってひたすら痛みに耐える。激痛に吐き気に寒気、意識が朦朧として所在があやふやになっている。冷や汗で髪が額に張り付いてぐしゃぐしゃだ。
やれることだけのことと言ってもほんの僅かなことだけど、打つ手がなくなるとただ貝のようにじっと押し黙っていることしか出来ない。寄せて返す理不尽な痛みの波に翻弄されて閉じた瞼の間から、つつ、と涙が流れる。目頭に溜まったそれは表面張力に余る量に達して鼻梁から溢れる。拭う余裕はなかった。
痛みの波が不規則的で、重たい石を落とされ続ける鈍い、痛みに耐える。何も考えられないけど、何か考えて気を紛らわしていないとどうにかなりそうなのに、やっぱり何も考えていられない。ぐるぐると思考しているのかよくわからない波にも翻弄されて、また涙が右目から流れた。悲しい訳でもなんでもないのに、生理現象でもないのに、どうしてだろう。
「悠」
開けた視界に影がかかる。そこで初めて顔、頬に手が添えられていたことに気が付いた。
「ひでえ顔だな」
拭った指先で光る涙が目に留まる。視線を少し上げると、仏頂面の花宮がいた。はらはらと溢れていたそれがぴたりと止まる。目頭に小さな水たまりが出来ている。
「薬は」
飲んだ、と声にならない掠れた息が口から洩れた。
「寒いか」
わからない、とまた意味もなく涙が流れた。
「毛布要るか」
一応、と答える前に花宮は、いつの間に準備してたのか、腰の辺りに重ねてかけた。まだわからないけど、多分暖かいんだろう。
「明かりは」
眩しい、と目を細めるとそれに合わせて水たまりから涙が流れて、間もなく部屋が暗くなる。
「なんかあったら言えよ」
言葉を発するのも億劫でしんどくて、目で花宮を追うしか出来なかったけどドアを閉める間際、私に気が付いて「悪態つく相手がいなくて張り合いがねえ」と静かに吐き捨てた。ドアの隙間から差し込む仄かにオレンジ色の明かりを眺めていたら、そのまま沈むように眠れた。
20141226