もう少しだけ、はまたいつかに
※剣道部夢主
※移転前サイトの拍手お礼文を加筆修正

部活帰りの駅構内で見慣れた姿を遠目で見つけた。視線がかち合って、手を振ると少し恥ずかしそうに振り返しながら小走りに駆けてくる。疲れ気味だった表情が嘘のように明るくなった。

「お疲れ様です、英輝さん」

「お疲れ様」

また居残り練習か、と聞けば英輝さんもですか、と形式的ではあるが心地良いやりとりをして熱心だと笑い合う。乗り込んだ電車。運良く座れたのはいいものの、悠は非常に眠そうでふとした沈黙の間に船を漕ぐ。切りそろえられた髪がさらりと揺れる。

「着いたら起こそう」

「あ、あの、せっかく…」

せっかく一緒に帰れるのだから起きていたい、と続きそうだった言葉は尻すぼみになって彼女の口の中で音になる前に消えてしまった。電車の揺れで傾いだ体が密着して、悠は安心しきったように肩に少し寄りかかって寝息を立てる。その重みと柔らかさに妙に緊張しながら走る街並みと窓ガラスに反射する人の背中を眺めていた。

「おっと…」

彼女の手から離れそうになる竹刀袋にそっと指を添えて支えてやる。竹刀袋の質感、頭の重さ、通勤帰りで人の多いはずなのに静かな車内。微かな寝息が耳をくすぐる。じわりと布越しに伝わる体温が直であったらいいのに、と考えてしまうのはある種健全なことだ。なんて、そんな人には言えないような夢想に耽る。と、気が付けば悠が下車する駅に到着するまであと間もなくだった。口惜しい。もう少しだけこうしていたい誘惑に一瞬躊躇いながら肩を揺すって起こすと、悠はぼんやりと焦点が合わない瞳をこちらに向けた。

「そろそろ着くぞ」

「あ、わたし、寝てしまって…!」

睡魔に勝てなかったと後悔して、寝ぼけ眼を白黒させながら席を立つ。やや足取りの危うい彼女の後ろをついて一緒に下車した。外の空気に触れて少しばかり意識ははっきりしたものの、未だ眠そうな彼女を改札口まで見送る。

「すみません、英輝さん。見送りまでしてもらって…」

残念そうに眉を寄せる表情にうっかり「どこか寄って行こうか」と言ってしまいそうになったが、寸でのところで押し込んだ。明日も朝早くから練習がある。俺も、恐らく悠も考えていることは同じだったけど、後ろ髪を引かれる思いで手を振った。

「構わないさ。じゃあ気をつけて」

「英輝さんも」

改札を出て数歩、こちらを振り返って軽く会釈したのを見届けて駅構内に戻る。やや高めの体温がまだ皮膚に感じられて、人恋しくなる。意図して触れたわけではなかった悠の感触がずっと残っていた。

20200612
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