炎暑の夜
※腹黒彼女



午後8時半過ぎ。帰宅して早々に発生したアクシデントに絶望する。

「うそ……」

動く気配すら見せない家電。電池を取り替えてボタンを押しても相変わらず反応はなく、考えられる原因を取り除こうと調べ回ったけど結果は変わらなかった。

「邪魔だ退け。クーラーくらいつけとけよ気が利かねえな」

リモコン片手に蹲っていたところに花宮が帰宅して、一方的に詰られるのは割に合わないし私のせいではないと弁明するために経緯を簡潔に述べたら露骨に不快感を露わにした。

「最悪だな」

「タイミング的に壊したのはアンタ以外にあり得ないでしょ。どうしてくれんの」

今朝クーラーを消したのは花宮だ。この状況を作り出したのは花宮である可能性が高い。一言悪かったと言えば許してやらないでもない。言いがかりだけの最初に言いがかりをつけ来たのは花宮だ。「気が利かない」に対する謝罪と撤回を求めたい。暑さにやられかけてる脳みそがそう判断を下して間を置かずに詰問していた。

「言いがかりも甚だしいな」

「じゃあ私のせいだって言うわけか」

「誰のせいでもねえだろうが俺がいつお前を責めたんだよ」

「情緒不安定か?」と若干困惑気味に、否、ドン引きしながら花宮はワイシャツのボタンを二つ三つと外していく。

「なーーにが気が利かないだっつうの。壊した癖に何様よ」

「だから壊してねえって言ってるだろ」

うんともすんとも反応を示さない家電を指差して言い合いをしているうちに話が脱線していくのを感じたけど、軌道修正する余裕なんかない。

「操作した人間のせいで壊れんなら家電全部ぶっ壊れてるのが普通だよなお前の言う通りならよ」

「んなこと言ってないでしょバカなの?」

「バカはお前だ」

知能指数が低すぎる上に支離滅裂な口論になっている。全部暑さのせいだ。

「この暑苦しい中クーラーなしで生活できるとでも思ってんの!?」

「思ってねえよ! 俺に当たるな!」

仕事の疲労と暑さによるストレスで短気になっていて口を開けば喧嘩が始まる。どつき合いが始まったけど二、三回ですぐにやめた。やるほど暑くなっていくだけなのに喧嘩で体力を消耗するバカな真似はしたくなかった。それに気が付くのに時間がかかった事実は無視することにする。花宮も突っ込んで来ないし。

「はーー……あつ……」

せめて風の通りをよくするために窓を開けると、生温い風が部屋の中を通り抜ける。閉め切っているよりはマシだけど、肌を撫でる風は温風のようで不快感に拍車がかかる。

「あつい……」

「言うな」

「灯り消して。カーテン開ける」

「自分で消せ」

「……」

「痛えな蹴るな」

電球の灯りさえも暑く感じる気がする。ソファに座っている花宮の足を蹴飛ばしながらふらふらと灯りのスイッチをオフにした。カーテンも開け放つといくらか風が強く入ってくる。暑さに加え部屋が暗くなったのも相まって何もする気力がない。息をしているだけで精一杯だ。

「はあ」

暑さが全ての欲求を削ぎ取っていく。何もしなくない。何かする気にもなれない。何かしようとも思わなくなっていく。本を読むにはあまりに暑い。汗を流すためにシャワーを浴びたのに髪を乾かし終わる頃にはまた汗をかいていて全く意味のない行動をしただけになってうんざりして髪を適当に結えてほったらかしにしている。掃き出し窓の近くに腰を下ろして、家の中でどうにか一番涼しい場所に居座った。でも暑いことには変わりない。

「あつい……」

「だから言うなって言ってんだろ」

「……あんたがクーラー壊すから」

「壊してねえ」

氷を入れたミネラルウォーターがせめてもの救いだ。コップに浮かぶ露が指先を伝って滴る。喉を通る感覚は涼しいけどそれも一瞬で消えてしまう。床にコップを直置きして外を眺める。別に何も面白いものはない。真っ黒な夜空が見えるだけだ。

「はあ」

明日の朝イチで修理の依頼をしても業者が来るのはいつになるだろう。そもそも電話が繋がるのか。暑い。いっそ買い替えるのも手かもしれない。何年使ってるかは知らないけど私がここにきた時からあったから5年以上はかたいだろうな。……暑い。でも出費を考えると扇風機でも買って凌いだ方がいいかもしれない。凌ぐと言ってもこの暑さを凌げるものだろうか。体調を崩しそうな気もする。ああ、暑いな。

頭の中はこの状況を打破する方法を考えているけど、他人の力がなければどうにもならない部分が多すぎて私たちにできることと言えば暑さに耐え忍ぶことだけじゃないだろうか。花宮が壊しさえしなければこんなことにはなっていなかったのに。

「悠」

「なに」

悶々と考えていると、この状況を作り出した張本人が目の前に立っていた。暑いのが心底気に障るようで花宮もひどく不機嫌そうな顔をしていた。お前が元凶だろうが。

「そばに来ないでよ。暑苦しいな」

しっしと追い払うように手を払うのが気に入らなかったのか、私を見ろしていた花宮はいきなりコップを爪先で蹴飛ばした。割れはしなかったけどまだ残っていた水がフローリングの床に溢れていく。

「ちょっと、何し」

文句を言うより早く視界が揺らいだ。気がついたら床に引き倒されていて、目の前に花宮がいる。こぼれた水が服に染み込んでいく感触が背中に伝わってくる。

「……はあ?」

体勢は理解できたがそれを意図するところは全く理解できなかった。人をいきなり押し倒して何を考えているんだアンタは。

「暑さで頭がやられたか」

「口開けば煽りやがるなお前は」

「煽ってないけど」

これは煽りではなく事実確認だ。この不利な体勢から抜け出したい。

ひとまず一発やっとくか。

そう思うと同時に手を振り上げた。でもその手はあっさり掴まれて頭の上でひとまとめにされて、強引に脱がされた服で縛られた。

「……っ!」

「大人しくしとけよ」

「誰が」

言いなりになるかっての。一括りになった腕を輪にして花宮の首にかけてぐい、と引き寄せる。そのまま至近距離での頭突きをかましてやると後ろにひっくり返った。

「い……ってえな! 何しやがる!」

「それはこっちのセリフだバカ! 押し倒して腕縛って何する気だ!」

ひとまとめにされた腕で花宮の体を思いっきり叩いていると、ぐらりとまた視界が揺らぐ。立っていられなくなって床に突っ伏した。視界のあちこちで光が明滅して平衡感覚がなくなっていく。頭突きの衝撃が今になって出てきたらしい。

「うう……頭痛い……」

「人にやっときながらテメエもダメージ食らってんじゃ世話ねえな」

「うっさいわ。誰のせいだよ」

反論の言葉を絞り出しても弱々しく掠れるばかりで力が入らない。痛みが大したことなかったらしい花宮はさっさと起き上がってまた私を転がして馬乗りになっている。頭突きしてやった意味がない。悔しくて歯噛みした。暑さと眩暈で抵抗がないのをいいことに花宮は私の足を押し広げている。

好き勝手しやがって。

頭を抱えながら花宮を睨む。腕は使えないけどまだ足は自由が利く。狙いは首。体を捩って足を振り上げた。

「死ね花宮!」

「!」

腕で私の足をギリギリ受けて止めて足首を掴んでこっちを見下ろしている。チッ。少し角度が甘かったか。

「危ねえな。怪我したらどうすんだよ」

「知ったこっちゃないわね。こっちは貞操の危機なんだからアンタの言い分なんか聞いてやるもんか。正当防衛以外の何ものでもないっつーの」

「いまさっき死ねって言ってただろ。過剰防衛だ。つうか貞操とか今更にも程があるだろ」

鼻で笑ったかと思うと花宮は私をうつ伏せにして床に押しつけて、腕を後ろ手で縛った。辛うじて自由に動かせていた足は、さっきの蹴りを警戒して花宮が足の上に座り込んで身動きひとつ取れない。

「重い。骨折れる。降りろ」

「折れるわけねえだろ」

唸って威嚇したところで、圧倒的優位に立っている花宮には効かない。反論も反抗も意味をなさなくなっていく。

「こっちも暑くて気が立ってんだよ。散々抵抗したんだから少しは楽しませろよ」



意識がはっきりしない。ただでさえ暑いのに目の前に花宮がいるせいで余計に暑く感じる。息苦しい。暑い。とめどなく出てくる汗が気持ち悪い。不快感と腹立たしさと疲労感がごちゃ混ぜになってる。

「おい」

ぺちぺちと頬を叩いているのは花宮だ。項垂れている私の髪を手で払って顔を覗き込む。

「んだよ起きてるじゃねえか、ちったあ動きやがれ」

「ひっ」

内臓を掻き回すような動きが緩やかになってだいぶ経つ。ずっと中にある塊が少しでも動くと体の内側からぞわりと変な感覚が四肢を駆け巡って聴くに堪えない声が漏れそうになる。それを必死に堪えて、花宮を見遣る。私がいっぱいいっぱいになっているのが愉しいようで目を細めて笑っている。もちろん嘲りの意味だけを込めて。腰骨に大きな手が添えられて、というより自分の勝手のいいように動かせるように無理やりに掴んでいる。さも当たり前に自分の物のように扱う態度が気に入らない。

「…………っさいな。しつこい」

うつ伏せにさせられて好き勝手動かれて、次は仰向けにひっくり返えされ、その次は膝の上に乗せられて。途中から記憶が途切れ途切れになっている。体の疲労感から想像するに(するまでもないけど)かなり長時間この行為が続いているはず。いつまで続ける気だ、コイツ。

「しつこいか。反応する癖によく言うな、悠」

背中がゾワゾワ痺れて体が言うことを聞かない。中でぬるぬると行き来する熱に反応して勝手に出来上がる。疎ましいと思いながらも足にはもう踏ん張る力もほとんど残ってなくてされるがままだ。

「……ふ、ぁ」

堪えようとすると体が震える。押さえ込もうとするほど鼻から抜けるだらしない声になって、自立している余力すらなくて花宮にしなだれかかってしまっている。余裕綽々で私の体を弄る花宮の手を取って指を握り潰して横っ面を引っ叩いてやりたいのに体が言うことを聞かない。腹部の圧迫感が忌々しいのに意に反して反応してしまう。

「う…… あっ」

「強情だよなお前も」

お高く止まってねえで声を出したらいいだろう、と耳元で煽る花宮の声が頭に響く。髪を伝って汗が流れていく。些細な動きも刺激になって私を苛んでいく。無視を決め込むにも限度がある。限界も近い。必死に別のことを考えようとしても体の内側は与えられる熱をあっさり享受して悦んでいる。全くもって受け入れ難い。一方的に乱暴に暴かれているのにそれを受け入れる体になっているのが、あっさりと出来上がっていく体が、自分の体なのに言うことを聞かないのが、花宮に慣らされているのが。

「お、終わったら……覚え あっ ゃ……」

「聞こえねえんだけど」

言わせる気もないし、聞く気もない花宮は私が口を開く度に動く。奥の方を容赦なく突き上げて弱い部分を執拗に撫で上げて、好き勝手にされている。覚えてろ、と言ったところで、歯向かったところでいつもあしらわれてしまう。全く意に介してないのが腹立たしい。暑い上に体を好き勝手弄ばれてまともに働いていない思考。最終的に私は抗いきれずに一方的に与えられる肉欲に従うことを選んだ。


20220705
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