そう、これは栓なき話
※腹黒彼女(のスルースキルがずば抜けてた世界線)


聞き覚えのある名前がテレビから聞こえて来て反射的に顔を上げた。ニュースでは都心部で通り魔事件が起きて死傷者が何人か出ていて、犯人は既に確保されている旨を伝えていた。

「都内在住の花宮真さんが死亡、他三名が意識不明で五人が重軽傷を負いました」

画面には被害者の名前は表示されていない。それでも名前と漢字がすぐさま一致したのは被害者が、花宮真が私の高校時代の同級生だったからだ。あまり見かけない名前だから同姓同名の別人とは考えにくい。が、あり得ないわけじゃない。それでも直ぐに結びついたのは加害者の供述も報道されたからだった。

『高校時代の因縁がありいつか仕返ししてやると決めていた。仲間の復讐をしただけだ』

高校時代の復讐。花宮真の行い。いくつかの単語が頭の中に浮かんだ。

「動機、犯人や被害者との関係について警察は今後調査していくとのことです」とアナウンサーは淡々と原稿を読み上げた。

ああ死んだんだ。なるようにしてなった。因果応報。自分の蒔いた種。いつかこうなると思ってた。

「おはよう掛川さん」

ふと、今まですっかり忘れていた記憶が蘇って耳元で声がした。やってることとは裏腹に奴の声は妙に品があった。

「状況が状況とはいえ、一歩間違えば暴行罪じゃないかな?」

高校二年の夏の終わり頃。同じクラスだったにもかかわらずまともに会話をしたのはその時が初めてだった。突然話しかけられて面食らう私は花宮真を見ているだけ。

「掛川さん、真面目な優等生だから猫被ってるとは思いもしなかったよ。驚いた」

通学中、混み合う電車内で意図的に体を触られた。仕返しに犯人をその場で晒し上げたら女子高生の分際で大人を舐めるなと見当違いな啖呵を切られた。なので更に仕返しとして鼻っ面に裏拳をお見舞いして尻餅をつく男を放置して下車した。その顛末を花宮真が目撃していたらしい。

「なんのこと?」

「とぼけても無駄だよ」

これは脅しのつもりなんだろうな。初対面で薄々抱いた違和感や忌避感の答えが出た。花宮真は私と同類の人間だ。似た人間と連む趣味はない。よって対応は一つ。

「私がその人を殴った証拠はあるの?」

こちらの反応が芳しくなかったらしく花宮真の表情が冷たくなる。証跡がなければただの妄言。見間違いの域を出ない。二の句が継げずにいる目障りな同級生に私は追い討ちをかける。

「猫被りはお互い様でしょ。チームぐるみでラフプレーやってる癖して自分を棚に上げてよく言うわ。他校の選手の足潰したらしいじゃない」

これは人から聞いた話。バスケ部に入っている友人が応援していた試合で起きたアクシデント。いや、アクシデントを装った傷害事件。その瞬間を捉えていた動画も見せてもらった。花宮真の指示のもとで行なわれた不正行為。そう判断するには十分だった。

「掛川さんは知らないだろうけどバスケは当たりが激しいスポーツだからね。結果として大きな怪我になってしまってとても残念だよ」

「よくもそんなこと言えるね。叩けば埃が出るだろうに。薄気味悪い言い訳が吐ける性根の持ち主なのは分かった。あんたとは関わりたくないからもう話しかけないで」

気に入らないんだろう。機嫌を損ね始めているのか声のトーンが幾分か下がった。最後通告だとばかりに凄んで私を睨んでいる。

「殴った証拠、あるんだけどね」

「そう。じゃあ然るべきところに出してみれば?」

私が殴った証拠があるにしても、それより先に痴漢を働いていた向こうの立場が危うくなるだけだ。私も確認したいから動画でも写真でもデータがあるものなら送って欲しい、と連絡先を教えたが連絡はなかった。

それから何度か接触をしてきたけど都度都度冷たくあしらって無視をし続けたらいつからか全く話しかけこなくなった。私は花宮真を存在しないものとして扱った。三年に進級しても同じクラスだったが接触せず距離をとり続け卒業まで一切関わらなかった。今の今まで存在は忘れていたし、卒業後どこに進学し就職したかなど更に興味もない。が、脳みその片隅で想像していた最悪の未来が花宮真に訪れた事実を提示され誰に言うでもなく呟いた。

「自業自得だよ」

引き続きテレビから凄惨な事件の続報が流れている。事件の概要、朧げな犯人像、凶器。刺し傷は腕や足と腹部を中心に十三箇所にも及んだらしい。

二十センチのキッチンナイフで腹部を刺される時、花宮真は後悔したのだろうか。己の行いを。自身に殺意を向ける相手を見てすぐさま誰かわかったのだろうか。刺される原因が自分にあると理解していたのだろうか。混濁する意識の中で、あいつは、花宮真は何を考えたんだろうか。

バカは死ぬまで治らないのと同じで、ああいう性根の人間も死ぬ間際までわからないんだろうか。自分のしてきた事の重大さを。頭が良かっただけにそこに気が回らないわけがないと思うのだが。

「どうでもいいか」

一日の終わりに目にした事件報道。かなり後味が悪かった。深くため息をついて温くなったコーヒーを飲み干した。仕事で疲れた体。襲ってくる眠気。生理的欲求には抗えない。テレビを消してベッドに潜り込む。

花宮真の訃報は私にとってただの情報だ。かつての同級生が事件に巻き込まれて死んだ。それだけ。明日の朝にはきっと忘れてる。考えるだけ、気持ちを揉むだけ意味のない出来事。私とは関係のない成人男性が一人亡くなった。それだけだ。

20211216
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