120秒足らずの深夜
※腹黒彼女
※ツイッターのお題メーカーで抽出されたものをアンケート取らせていただきました。最終結果は「寝顔を見つめる」。投票くださった方々ありがとうございました!

中途覚醒することがたまにある。何に揺り動かされたでも、大きな音を聞いたでも、ましてや起こされたわけでもなくふと、意識が首を擡げて覚醒する。まだ朝じゃないと、直感的に思う。

薄暗い部屋に静まり返った雰囲気。空気までもが眠りに就いているような、そんな緩やかな時間の流れ。そんな中で目が覚める。目の前に、花宮がいる。寝ている。夢でも見ているんだろうか。

「………」

無防備だな、と瞼と眉辺りが僅かに痙攣するのを眺めながら息を吐いた。割と穏やかな表情で寝息を立てる花宮は、不意に寝返りをうって私に背を向ける。かと思えば据わりが悪かったのかまたこちらに向き直った。ベッドが忙しく微かに揺れる。

私が見ているとは夢にも思わないで寝ている。消えている意識。私の意識も微睡む。深い寝息が、私の脳裏で花宮の声を喚起させる。寝る前の会話。耳の奥、鼓膜の中で反響している。他愛もない会話だった。本のこと、仕事の人間関係やら、話したところで栓のないこと。そういう何気ない会話の端々でどこかでひっかかった所作。それがトリガーになって花宮の声が脳内で響く。

曖昧な記憶の再現。現実味がないから、ふわりとして柔らかい。降りて来る瞼に逆らわず従えば、自然と視界が暗くなる。落ちるとも浮かび上がるとも言い難い、心地良いのかも分からない何かに引きずり込まれる。

「悠」

眠りに就く刹那、自分の名前を呼ばれて意識が現実に引き戻された。声の主、目の前にいる花宮は相変わらず眠りこけている。呼ばれたような気がしただけだったのだろう。耳朶を震わせる声は頭の中で勝手に構築されたもの。

それなのに生々しい。熱を帯びて、重みがあって。悠、と呼ばれることが大きな意味を持つようになる。花宮が私の名前を紡ぐ、というシンプルな行為が意味のある事象に成り上がる。

「…はなみや」

意味もなく呼ぶ。呼ぶけど意味はない。ただ、口から花宮という名前を、単語を発したいだけだったのかも知れない。花宮の名前を呼びたかっただけ。きっとそうだろう。

返事はなくても構わない。寧ろ、なくていい。その方が好き勝手できて都合がいい。もう一度、無防備な花宮の顔を見遣った。秒針が時を刻む音がする。

―もう寝よう。

そう思うまでもなく、私の意識は速やかに混濁した。



秒針の針より大きい、分針の進む音が不意に耳に障った。起きてしまったと自覚するのにそう時間はかからなかった。目が覚めるのが先だったのか、耳に障ったのが先だったのか。午前三時。中途半端な時間だ。

隣には背中を丸めて猫のように縮こまって寝ている悠がいる。息苦しくねえのか、お前は。髪がシーツの上で好き勝手に散らばって、黒い房があちらこちらに伸びている。小柄な肩がゆっくりと上下する。髪を一房、指先で摘む。指の腹で擦り合わせると、しゃりしゃりとした小気味いい感触が皮膚を伝う。力を弛めると指の隙間を逃げるようにすり抜ける。逃げるそれを摘んではいじり、を繰り返す。

悠はその間もずっと寝息を立てている。少しばかり眉間に皺が寄る。眠りに就いても何かに嫌悪しているのか、徐々に皺が深くなる。が、ある程度のところでそれは緩まって素直な寝顔に戻る。気がつけばこうして床を同じくするようになっていた。初めのうちこそ文句を言ったり実力行使したり、黙ってベッドを移ったりしていたが、その些細な労力と手間を煩雑に感じ始めたのか最近はとんとこの有様だ。

こいつのベッドで揃えば俺の方に逃げ出し、俺のベッドで並べは慣れた自分のベッドへ戻る。そんなやり取りはとうの昔のことだ。それこそ夏場は別々であることが多いが、今は時期が時期だ。この方が少しばかり暖かい。

「悠」

深い寝息を立てるやつに呼びかけても返事はない。熟睡している様子を見ているといやに手持ち無沙汰に感じる。寝ればいいんだろうが、どうもまだその波がやって来る気配はない。なら、一番手間のかからず楽なことをするだけだ。

適当な方向へ走る前髪、閉じられた唇と瞼。口を開けば悪辣な言葉を吐き、視線が絡めば軽蔑めいた眼差しを向け、触れれば頑として易しく受け入れない。刺々しい所作とは裏腹に、今の悠は大人しい。いつもこうなら扱いやすい、と考えたがそれでは張り合いがないしそれでは足りない。これで好い。

反抗的でないものを押さえ込んだって何も感じない。砕くなら芯のあるものをとことんまで砕く。俺はこいつを、悠を、全身全霊で歯向かってくるのを屈服させるのが何よりも愉しい。噛み付いてきては結局俺の掌の上で転がる様を浮かべながら、目を閉じた。悠の寝息が聞こえる。


20160211
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -