HEAVEN | ナノ



  太陽がいなくなった空っぽな病室で一人呆然と立っていたあと、私も病室から出た。どうしてか分からないけど、帰り道がやけに長く感じた。家に着き今日は早く寝ようと思いながら、ただいまと少し掠れた声で言うと懐かしい声でおかえりと返ってくる。……え。




「お、おおおおおお兄ちゃん!?」
「久しぶり、恋季!」
「なっ何でここにいるの!アメリカは!?」
「たまには帰ろうと思ってね。すぐ戻るけど」
「ちょっと急すぎるよ…」
「恋季も三歳まではアメリカにいたんだから、もっと陽気な心を持って…」
「誰でもびっくりするよ!」
「寂しいなー、恋季がおかえりって言ってくれない」
「……」
「おかえりは?」
「……はぁ、おかえりなさい」




  今帰ってきたのは私なのに。と何だかモヤモヤしながらも、お兄ちゃんが帰ってきたことは悔しいけど嬉しかった。無言でお兄ちゃんが座っているソファに腰かけた。そうすればお兄ちゃんがまじまじと顔を覗き込んできた。




「なっ、何?」
「なんか目赤くない?」
「えっ」
「何かあった?」
「何でも、ないよ。ゴミが入っただけ!」
「ふーん…」




  危ない危ない。お兄ちゃんは侮れない。お兄ちゃんに太陽のことを話すのも、昔のことを掘り返すみたいで気が引ける。なので納得いかない顔をしているお兄ちゃんには気づかないふりをした。したのに。




「ねぇ、恋季」
「ん?」
「俺と恋季はアメリカと日本にいたから、けっこう離れて暮してたけど」
「…うん、」
「それでも兄妹なんだから、何かあったらすぐ分かるんだよ?」
「……」
「何かあった?」




  お兄ちゃんには敵わないなぁ、と言えばお兄ちゃんだからね、とよく分からない解答が返ってきた。




「あのね、太陽がね、」
「太陽って恋季が小さい頃から仲良がいい…」
「そうそう」
「確か病気の…」
「うん、その太陽。」




  何度かお兄ちゃんに太陽の話しはしたことがあった。最後に話したのはけっこう前のことだけど。私が太陽のこと楽しそうに話すのをみて、寂しいとか言ってたっけなぁ、そういえば。




「太陽ね、その、今も体あんまりよくないんだけど今度のサッカーの試合出るって聞かなくて…」
「……」
「でも、私はそれで太陽が危なくなるんなら嫌だから、試合に出ないでって言って」
「…うん、」
「で、ちょっと、喧嘩?みたいになっちゃった…」




  アバウトに話しをすれば、お兄ちゃんはなるほどねーと。お兄ちゃん昔のこと思い出してるだろうなぁ。あまりにも状況が似てるから。「もうどうしたらいいか分かんないよ…っ」うずくまる私をお兄ちゃんは優しく撫でてくれた。




「でも恋季、成長したなぁ」
「……」
「俺の時は、すっごい辛そうな目で俺のこと見てるだけだったのに」
「…ううん、違う。成長なんかしてないよ。私まだまだ子供で、弱くて、ダメダメで、」
「…ごめんね」
「どうしてお兄ちゃんが謝るの?」
「恋季が太陽のことにそんな敏感になってるのって、俺のせいみたいなもんだから」
「…っ!違うよお兄ちゃん!私はお兄ちゃんのこと誇りに思ってるよ」
「うん、分かってる。恋季の気持ちはちゃんと伝わってるよ。俺にも、太陽くんにも、」




  お兄ちゃんがあんまりにも優しい目で言うから、また涙が止まらなくなる。なんだか泣いてばかりだなぁ。「何でしたくてしたくてたまらないことが出来なくなるんだろうね」そう言うお兄ちゃんに私は涙を拭きながら頷く。




「確かに決めるのは太陽くんだ。太陽くんの人生なんだし、したいことしなくちゃ」
「… うん、」
「でもだからって、恋季はもう太陽くんと関わらないつもり?」
「え?」
「もう太陽くんのそばにいないの?試合も見に行かないの?」
「そっ、そんなつもりないよ!私は太陽のこと支えたい!でも、太陽がいなくなったこと考えたらすごく怖いの…っ」
「それは向こうも同じだと思うよ」
「…太陽も?」
「うん。太陽くんも死ぬのがすごく怖いに決まってる。でもね、それでもサッカーがしたいんだ」
「……」
「恋季もその気持ちが分からないこともないだろ?」
「…うん、太陽がサッカー好きなのすっごい知ってる」
「後悔とかの話しじゃないんだ。今なんだよ」
「…うん」
「太陽くんのこと、見守ってあげなよ?」
「…うん!ありがとう、お兄ちゃん」




  そう言って私は部屋に戻った。そうだ、太陽だって怖いに決まってる。死んじゃうのが、サッカーがもう出来なくなるのが。それでも太陽は、今を選んだんだ。ありがとう、お兄ちゃん。答えが見つかった気がする。




「私は太陽を信じるよ」







20120212

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テーマ「人外ファンタジー」
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