「名前も今日からまた入院?」
「うん。もうやんなっちゃう」
入院に必要な物を詰め込んだであるだろう大きな鞄を担いでやってきた名前。こんな光景を見るのには慣れていた。僕も名前も、病院という出来れば行きたくもない場所とは切っても切れない縁だった。生まれつき体の弱い僕は今までに何回入院したのだろうか。そして今一息ついてベットに寝転がっている名前も、これで何回目の入院になるのだろうか。何でこんな弱っちい体で生まれてきたのだろう。消灯時間もとっくに過ぎている深夜、名前とそんな話しをしたのを覚えている。お見舞いに来てくれる人もいるし、もちろんそのほとんどの人が僕の体のことを心配してくれている。その気持ちは嬉しいが、本当の意味で分かり合える人は名前しかいなかった。
「不謹慎だけど、僕は暇だったから名前が来てくれてよかったとか思ってるけどなぁ、」
「ほんと不謹慎。でも私も一人で入院してるときはそう思っちゃう」
「お互い様ってことで」
「はいはい」
暇潰しのために持ってきたのか、雑誌を広げながら名前がベットに横たわる。本当なら家のベットでしているはずなのに、病院なだけにすごく殺風景に感じた。今回はいつまで入院してるんだろう、といつもなら後で聞けばいいかと思って聞かないが、今日はそんなわけにもいかなかった。今の僕には時間がない。
「いつまで入院なの?」
「んー、今回はけっこう長くなるっぽい。」
「そっか…」
「太陽は?」
「僕は明日退院するんだ」
「あ、そうなの。おめでとう」
僕がいなくなって寂しくなると思うけど我慢して。意地悪っぽくそう言えば、雑誌があるから大丈夫とそっけなく返ってくる。昔から名前はこんな風だから別に傷付きなんてしない。
「試合、出れるようになったんだ。」
「サッカーの?」
「うん。前にも話した日本一を決める大会」
「凄いじゃん!よかったね、」
雑誌から視線を外して、僕の方へわざわざ向き返って言ってくれた。僕がよく抜け出したりしてるのも当然知っているから、この嬉しさを名前は分かってくれている?だろうな。
刹那、名前が寂しそうな目した気がしたけど、それは一人で入院になってしまうからと自分の中で勝手にそう考えた。
▼
次の日。荷物をまとめて退院しようと名前に別れの言葉を言おうとしたのだけれど、どうしてかいなかった。心残りだけど、時間が時間だし何より早くサッカーがしたい。出口まで来てくれている冬花さんにありがとうございましたと告げ、病室の門をくぐろうとした時だった。
「たーっいよ!」
「名前!」
「退院おめでとう」
「ありがとう。名前も早くよくなるといいね」
「…うん。そうだね」
「わざわざ門まで、本当ありがとう!」
「いいって。頑張らなくちゃダメだよ、サッカー!」
「もちろんさ!」
「試合中に倒れてまた病室だなんて許さないからねっ」
「そうならないように願っててよ」
苦笑混じりにそう言うと、名前はまかせて!と笑顔で言う。僕は太陽って名前だけど、名前の方がよっぽど太陽みたいだ。その笑顔に助けられたことは数えきれないくらいある。「太陽、」落ち着いた声のトーンで微笑みながら言う名前の横を柔らかい風が通り過ぎる。
「ありがとう。」
じゃあ日本一になってきなよね!そう力強く僕の背中を叩く。ありがとう、そう言った名前の雰囲気はもう長い付き合いだけど始めて見た気がする。覚えた違和感に気付かないまま、さよならと言い僕は病室から出た。
「名前ちゃん、亡くなったの」
全ての力を出し尽くして動けないような状態になり、言うまでもなくまた入院になった僕に告げられた言葉をこうだった。嘘だ。現実を認めたくなくて夢なら覚めようと必死に頭に覚めろ覚めろと命令するが、目尻に涙をためた冬花さんが現実だと言っている。
「どうし、て…」
「名前ちゃん最近すごく体の状態悪くてね、本当ならもうすぐ大きな手術を控えていたんだけど、その前に……」
それ以上の言葉は今の僕には入ってこなかった。
しばらくしてやっと現実を理解してきた僕は、前に感じた違和感の正体も分かった。きっと名前、分かっていたんだ。手術の心配もあったのだろうけど、もしかしたらそれより前に死ぬかもしれないってことも。隣の空っぽのベットを見る。一人で入院は寂しいよ。そう思ってももうこの寂しさは埋められることもないのだろう。涙が止まらないけど、そんなこと気にしなかった。目を閉じれば名前の顔が瞼の裏に映る。この笑顔にも、会えないんだ。
「名前、ありがとう。そしてさようなら」
---------------
どうしてか太陽くんを書くと悲しい話しになる。
20120301