小説 | ナノ








いつも通りの決まった時刻の電車に乗って、あの人の場所を確認する。あ、今日もいた。確認し終わった後は、その人の顔が少し視線をずらせば見ることのできるところまで移動する。そこが私のいつもの特等席だ。少し銀のかかった髪色に、青のような緑のようなキレイな瞳、かっこいいなぁ。携帯を触るふりをしながら、私の目はチラチラと彼を見ている。名前は何だろう、あの制服はどこのだろう。ぐるぐるとその人のことを考えるのが朝の日課であり、そして楽しみでもあるのだ。









その日は雨で、いつもより電車が混んでいた。雨だと嫌がる人がほとんどだけど、私は違った。電車のドア開き、私の胸はドキッと高鳴る。それを隠すかのように、何事もないように例の彼の横に自然な行動を演じて立つのだった。隣に立てるなんて今日はついてるかも…!と心の中でひそかにガッツポーズをした。いい日だなぁと浮かれていると途端に電車は急カーブに入り、とても揺れた。バランスを保てなかった私は、隣にいた彼にまるで抱きつくような形になってしまったのだ。




「わっ!す、すみません!」
「……いえ」




かあっと赤くなる顔を押さえる。事故とはいえ触っちゃったよ、ていうか声聞いちゃった。思ったより高かったな、とか透明感のある声だったなぁと頭の中は邪念でいっぱいになる。これは一生のメモリアルにしよう誓った。




ある日友達にサッカー部の試合を見にいかないかと誘われた。サッカーに興味ないので返事に迷っているとお昼奢るからと言われて食い意地の張った私は了解の合図を出した。そして今に至り、私は会場となる高校にいる。「っていうか相手の高校すっごいサッカー強いとこじゃん」「そうそう!それにかっこい人ばっかりなんだよね」目的はこれかと呆れた目で友達を眺める。というか私も人のこと言えないか。裏があってあの人のこと見てる訳だもんね。頭の中にぽやーっと浮かんでくるその人の事を考えながらフィールドを見ていると、なんだか本当に目に見えてるような気がしてきた。……ん?数回目をこすったあと、消えないその人物に目を開く。大きい声を出したかったが、そうすると友達にも不審がられるのでグッとこらえた。まさかこんなところで出会えるなんて、あの高校の生徒だったんだ、有名なサッカー部の部員でしかもレギュラーっぽいしすごいと様々な感情が湧き上がってくる。私の瞳は自分の高校の選手なんて映っていなくて、ただ一人の人を懸命に追いかけているのだった。その人がシュートを入れたときなんか、眩しくて仕方がなかった。




「あーあ、ぼろ負けじゃん」




悪態ついた様子の友達がそう呟く。もはや私にとったら自分の学校なんてどうでもよかった。試合が終わったあと友達にご飯を奢ってもらっている中でも、私の頭には常にあの人がいた。




次の日、私は電車に乗ると同時に唾を飲み込んで彼の横に立った。ちなみに今日は雨なんて降っていない。通勤電車やバスはその人の位置が決まっているとよく聞くけど、今日の私はその波に逆らっているのだった。「あっ、あの…」勇気を振り絞って口を開く。本に向けていたエメラルドの瞳が、私を射抜いた。




「さ、サッカー部ですよね?昨日の日曜日に試合見に行ったんですけど、あなたが居てびっくりしました。」




震える声を抑えてはにかみながらそう言った。最後に、すごい上手ですねとつけて。それを聞いた彼は、少し眉をひそめて怪しんでいる目で私を見る。うわ、やばいハズしたかも。血の気がサーっと引いていくのも感じ、何か喋ろうと口を開くけど上手く言葉が出てこない。




「…はぁ、どうも」
「あっこの間はぶつかっちゃってすみませんでした!ずっと謝ろうと思ってて…」
「ぶつかっ、た?」




なんてことだろう。その人は全く覚えていないみたいだった。悲しいような恥ずかしいような不思議な感覚がまざりあって、気まずい空気が流れる。「あ、覚えてないなら大丈夫…です。」ああ、分かっちゃいたけどやっぱり私のことなんて覚えてすらなかったか。毎日同じ電車の同じ車両にいたから少しくらい覚えてくれてるかなー、なんて思ったのに。




「あのさ」
「はっはい!何ですか!」
「朝のこの通学時間は本読むって決めてるから、もう喋りかけてこないで」
「…は、い?」




一瞬時が止まったかのように感じて、思わず硬直する。内容が理解出来た時には、とても悲しくて悲しくて、でも少し怒りの感情も出てきた。「人の気もしらないで…」とぽつりと吐いた言葉はその人にすくわれた。「何か反論でもあるの?」上から目線で言ってきて、一気に私の中の彼のイメージが壊れた。私は今までこんな奴を…!




「いえ、何でもありません」
「言いたいことがあるならはっきり言えばいい。これだから女は…」
「なっ!」




怒りが込み上がってきて、気付いたら私は彼の足を踏んでいた。やばい動物的本能が…と後悔したときにはもう遅く、あいつはすごい顔で私を睨みつけてきた。今まできれいなエメラルドだと思っていた瞳が濁って見えた。「あっ、すみません」「すみませんですむか!」確かに私が悪いのだが、こっちの気持ちにもなってほしい。まだ恋とまではいっていなかったものの、その芽をあっけなく踏みつぶされたのだから。もう一度謝ってはみたものの、やっぱり心の中からは謝りきれなかった。




次の日から私は彼にちょっかいを出すようになった。どちらかと言えば復讐と言う方が近いのかもしれない。性格が悪いのは自分でも認めている。毎日必ず喧嘩になって、そして別々の駅でおりて次の日に前の喧嘩の続きを繰り返す。そんなループだった。そっぽを向いた彼の顔に、やっぱりかっこいいなぁとか思ってしまう私はきっとまだ諦め切れてないのだろう。だからこうやって毎日毎日嫌がらせかのように喋りかけるのだ。意味のないことなのは分かっているが、せっかくなので満足のいくところまで頑張ってみようと。とりあえず、この喧嘩の中から名前を聞くところから始めようと思う。




------------
恋愛じゃない


20140204




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -