小説 | ナノ









  今日はいつもと違うことが一つあった。いつもは二つしか用意しないお弁当が、今日は三つなのだ。これは昨日マサキにお願いされたから。やっぱり好きな人に惨めな姿は見せたくないから、普段よりも少し丁寧に作っていく。ご機嫌に鼻歌を歌いながら卵焼きを巻いていると、誰かが階段から降りてくる足音。お母さんかお父さんかなぁ、そう思ったけれど、実際はそのどちらでもなかった。
  訂正しよう。二つだ。今日はいつもと違うことが二つある。なんと、お兄ちゃんが自分から起きてきた。さっぱり目が覚めたんだ、と微笑み交じり言うお兄ちゃんに私の顔は引きつる。どうして今日に限って。そう思わざるをえない。




「……どうしたんだ?」
「え、えぇ?な、何が?」
「いや、何か変な動きしてるから…」




  三つあるお弁当を隠そうとしていた動きは、よっぽど奇妙だったらしい。ほら、お兄ちゃんが冷たい目で見てきた。「何でもない何でもない!」全力で否定したのに、お兄ちゃんはますます納得いかない顔をする。このときばかりは、鋭いお兄ちゃんの性格が憎たらしく思えた。「そっ、それより顔洗ってきなよ!」お兄ちゃんをこの場から遠ざけようと私も必死だ。諦めたのかお兄ちゃんは洗面所へ向かって行った。冷や汗をかいた額を一回ふきながら安諸のため息をもらした。とにかく早く作ってしまおう、と手を早めようとしたその時だった。




「…おい、名前」
「うわぁ!」
「何でお弁当箱が三つあるんだよ…」
「お、おおおおお兄ちゃん!こっ、これは…」
「まさか、男…」




  覗き込んできたお兄ちゃんは当然質問を投げかけてきた。整った顔に少し怒りが見える。途端に私の頭に今までの人生の中で一番の回転をみせる。あらゆる言い訳を瞬時に考えたのだ。そして、出た言い訳はこれだ。




「わっ私が食べるのこれは!」
「…は?」
「一つじゃ足りなくってさぁ。だからもう一個増やしたの!」
「…まぁ食べ盛りだけど…。太るぞ。」
「その分動くようにするから大丈夫!ほら、お兄ちゃんは早く用意して。せっかく早起きしたのに無駄になるよ!」




  難しそうな顔をしながら、お兄ちゃんは今度こそ顔を洗いに行った。私は脱力したように床に倒れた。つ、疲れた…。こういう時に私とマサキが付き合ってるってもう言ってしまおうかと思うのだけど、その後のマサキのことを考えて、私はぐっと堪える。
  用意が終わったお兄ちゃんにお弁当を差し出して、行ってらっしゃいと声をかける。怪訝な目でお弁当を見たあと、行ってきますと家を出ていった。ヨロヨロとした足取りでリビングに戻り、ソファーにダイブした。朝から疲れた。つけたテレビは丁度占い番組で、私の星座は最下位だった。



















「お兄ちゃんにばれないように作るの、すっごく大変だったんだからね…」
「ごくろうさん」




  昼休みに昨日も来た屋上でお弁当を渡す。朝から散々だったけれど、嬉しそうにお弁当を受け取るマサキを見たらそんな感情吹っ飛んでった。卵焼きを頬張って、上手いと言われてくすぐったい気持ちになる。




「さすが毎日作ってるだけのことはあるな」
「ありがとう」




  私も食べようとお箸を手にとった瞬間だった。屋上の扉が開く。今はまだ寒いから、誰も来ないのに珍しいと視線を向ければ私は目を見開いた。同時にお箸が手から滑り落ちて、虚しい音が響いた。マサキも硬直している。




「お、お兄ちゃん…」




  マサキのことを思いっきり睨んだお兄ちゃんは、それはもう恐ろしい顔をして近付いてきた。思わずひいと声が出てしまいそうだ。私とマサキの顔はしだいに真っ青になっていく。とうとう私達の前に来たお兄ちゃんはただ一言。説明しろ。低い声でそう言った。




「あの、霧野先輩…」
「狩屋は黙ってろ」




  あのマサキを一瞬で黙らせるお兄ちゃんはいろんな意味で最強だと思う。「名前」「は、はい!」そんな暇なんてないのに、昔のことを思い出した。小学生のとき私に意地悪をした、あの男の子の話だ。あの男の子も、今の私のような怖いの感情で埋めつくされていたのだろうか。だとしたらトラウマになっていないかなぁ、そんないらない心配もした。




「どうして名前が作ったお弁当を狩屋が食べてる。自分の分のはずだろ」
「そ、それは…」
「お前まさかこんな奴と…」
「違うの!マサ…、狩屋くんがお弁当忘れたって言うから、私の分あげたんだよ!」




  お前それは無理があるだろ、とこんな奴呼ばわりされたマサキは呆れた目で見てくる。「じゃあどうして二人で食べている。」その言葉に喉をつまらせる。ずっと元から良くない頭を、凄いスピードで回転さしてきたからもう限界にたっしていた。




「えっと…」
「しかも屋上で」
「あの…」




  返答に困っていると、横からため息が聞こえてきた。マサキだ。マサキはお兄ちゃんを見て、口を開く。




「俺と名前、付き合ってるんです」




  お兄ちゃんは発狂するかの勢いでマサキに掴みかかった。マサキが殺される!あるはずないのにそう思った私はお兄ちゃんを静止する。が、そんなのまったく効果がなかった。「天馬とかならまだしも、狩屋だなんてありえない」「それ失礼ですよ!」苦しい苦しいと言いながらもマサキは反論する。私はというとただ慌てふためいた。誰か助けて。まだ神様は私を見捨てないでいてくれたのか、その願いが叶った。拓人くんが屋上に駆けつけてきた。どうやら天馬くん達から話しを聞いたらしい。慌てた様子の拓人くんがお兄ちゃんを落ち着かせる。拓人くんはお兄ちゃんと昔から仲がいいので、私も良くしてもらっている。




「離せ神童!俺は狩屋を」
「落ち着け霧野!さぁ、教室に帰るぞ!」




  ずるずると引きずられていくお兄ちゃんはわーわー何かを叫んでいた。確か今すぐ別れろだった気がする。まるで嵐が去ったかのような屋上に沈黙が続いた。




「ま、マサキ大丈夫?」
「何とか…」
「ごめんねお兄ちゃんが…」
「…霧野先輩おっかねぇ……」




  マサキがトラウマにならなきゃいいけど、そう思いながら次お兄ちゃんと会ったときのことを考えると憂鬱が襲ってくる。部活のときマサキ大丈夫かな。この調子じゃきっとただじゃすまないだろう。マサキもそのことを考えているのか、未だに顔が真っ青だった。




なんにせよ、この話もまた私の中のお兄ちゃん伝説に追加された。









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霧野先輩とその妹と狩屋くんのお話しでした。


20120327


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