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「ほら!スピード落ちてるよ!」




  荷台に乗っていかにも楽そうにしているこいつは、手加減さえせずに俺の肩をどんどん叩いてくる。痛い、と声をもらしてもまったく聞く耳を持たないで後ろでご機嫌そうに体を左右に揺らしている。自転車から落ちても俺は知らねぇからな。むしろ見て見ぬ振りをしてそのまま漕ぎ続けてやる。しかしそんな考えも皆無だったらしく、名前はそのバランスを保ったまま変わらず俺の服の裾を握っていた。名前の背中にはパンパンに膨らんだリュックが背負われていた。待ち合わせ場所に現れた名前を目にしたとき、どうしてそんな大荷物を…と呆れた目で見てやった。でもそんな俺の呆れた感情を吹っ飛ばすくらいの出来事があった。自転車で来てね。確かに俺は前日に名前からそう聞いた。だから少し錆びれた自転車で来たのに、名前の周りには自転車と思われるものが存在しなかったのだ。そうだ、はめられたんだ。




「うーみはひーろいなぁおーおきいなー」




  憎しみがただよっている俺の心を知りもせず、陽気に歌ってやがる。海に行こうという話しになったのはほんの数日前。もちろん言いだしたのは名前だ。三月に海なんて行って楽しいのか?そう思ったけど、うきうきとスキップをしている名前を見たらまぁいいか。なんて自分の中で解決した。









「海!海だ海だ海だ!」




  言ったというより叫んだの方が近い声だった。騒ぎながら靴下も靴も背負っていたリュックもほっぽって、名前は背中を見せて海へかけて行った。まるで幼稚園くらいの小さい子を見ているような気分になった。やれやれ、と呆れた顔をしていたらマサキも来なよと遠くから誘われる。せっかく来たから俺も楽しまなくちゃ割りが合わない。名前を目指して俺も海へかけてく。




「つめてっ」
「まだあったかくないからねぇ。あ、見て!綺麗な貝殻!」




  砂浜に沈んでいたピンク色の貝殻を拾い上げ、俺の方を向いて微笑む。その笑顔が何故か輝いてみえて、俺の頬は貝殻と同じ色になった。次々と綺麗な貝殻を見つけてはそれを手に持っていく名前に協力するかのように、俺も貝殻拾いを始めた。これが妙に没頭してしまって、気付いたときには俺も名前も手には貝殻の山だった。気に入った貝殻だけ持って帰ろうとなり、俺は案外すぐ決まったが、名前は厳選された貝殻を並べて悩んでいた。それが一つに選ばれたときには、もうすでに太陽が沈もうとしているところだった。




「…帰ろっか」
「…そうだな、」




  貝殻拾いのときについた足跡はもうすっかり消えていた。楽しかっただのまた来ようだの、隣で言っている名前にめんどくせぇと返しながらも、また来たいと思った俺は今日一日でこいつの馬鹿がうつったのだろうか。









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フライングしすぎた


20120323


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テーマ「人外ファンタジー」
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