小説 | ナノ









  ピンポンピンポンピンポーン。陽気な音が家中に鳴り響き、寝転がっていた重くてダルい体を起き上がらせた。ろくに身なりも整えないで寝癖もついたまま玄関へ向かう。いつもなら多少は整えて向かうが、インターホンが三回のときは決まってあいつだ。格好なんて別に気にしなくていい。はい、と返事もせずドアを開けるとそこにいるのはやっぱりあいつ。名前だった。




「もしかして寝起き?もうすぐお昼だってのに…」
「部活ない日くらいゆっくりしてもいいだろ」
「はいはいそーですね。家の人達は?」
「今日は出掛けてる」




  ふわぁと一つ欠伸をすればだらしないと言われる。特に気にもせず、名前が持っているバスケットに目を向けた。そしたら待ってましたと言わんばかりの表情をして、俺にそのバスケットを自慢気に見してきた。




「ピクニック行こうよ!いい天気だしさ!」
「ピクニック?」
「うん。ほら、だから早く準備して!」




  急かすように俺の背中を押しながら家に入ってくる。今ピクニックするなら、もう少し待って桜が咲いたときにお花見でもしたらいいのに。そのことを伝えたとしても、名前はきっと辞めないだろうなぁと気付いたから俺が言うのを辞めた。何より、今日はまだ何も口にしていないのでお腹が鳴っている。丁度いいか、と思いついさっき降りてきた階段をまた登った。
  適当な服に着替えたあと玄関へ向かえば、鼻歌を歌っている名前。行こうか、と声をかければ待ちくたびれた!と返ってくる。靴を履き替えて外へ出ようとしたら、着替えたばっかりの服をけっこう強い力で引っ張られた。




「ちょっと待ってよ!」
「何…?」
「自転車の鍵持った?」
「自転車で行くのか?」
「もちろん」




  まぁそっちの方が楽か。鍵を取って今度こそ外へ出れば、名前の自転車が見当たらない。周りを見渡してもどこにも。嫌な予感がして後ろにいる名前を見れば、笑顔を浮かべて「乗せてね?」だ。はぁとため息をつき、少し錆びれた自転車を動かした。




「楽しみだね」
「乗ってるだけの奴はいいよな」
「じゃあ私が漕ごうか?」
「……事故るのが目にみえてるからいい。」
「失礼」




  ケガするくらいなら疲れる方がマシか。キツい坂を登りきり、目的地へたどり着いた。自転車を止めると、はしゃぎだした名前に昔から変わらないなぁと思う。蘭丸こっちー!と叫ぶ名前のあとをついて行く。




「んー風が気持ちいい!さっ、お弁当食べよっか!」
「腹減った…」
「いっぱい作ってきたんだよ!」




  ジャーンと勢いよくバスケットを開けて得意気な顔を見せる名前をスルーして卵焼きを手に取る。それを口に入れれば広がってくるのはほどよい甘さの味。どう?と聞いてくる名前に上手いとだけ言えば喜びだした。お腹が空いていたのももちろんだが、お世辞なんかじゃなく本当に上手かったので俺は次々とお腹を満たしていった。




「ふぅ、お腹いっぱい!」
「名前って意外に料理上手いよな」
「意外ってなにさ」




  少し休憩しようと寝転ぶ。それは名前も同じだったのか、俺の横に並んで同じように寝転んだ。柔らかい風が気持ちいい。そういえばこの場所はもう少ししたら桜で綺麗だ。そう思って最初に思った疑問を名前に聞くことにした。




「そういや、何で今ピクニックなんだ?もうちょっとで桜が咲くのに。」
「今がよかったの。」




  あまりにも即答で返ってきたので、不思議に思いつつ名前の横顔を眺めてもこっちを見てくれなかった。




「蘭丸ありがとうね。楽しかった」
「…あぁ」
「…帰ろっか」




  体を起き上がらせて自転車の方向へ歩きだした名前の後ろ姿を見る。いつもなら帰りたくないとか言うくせに、今日は変だなぁ。空を見たら赤くなってきていて、また名前を乗せて自転車を漕がないと、と思いながら俺も体を起こす。
  帰りの道はお互い無言で、自転車を漕ぐペダルの音がやけに大きく聞こえた。行きが上がり坂ばっかりだったので、帰りは下ってばっかりだ。さっきより風が冷たくなった気がする。名前の家について降ろすと、今日は本当にありがとうといつも通りの笑顔で言ったから何故かほっとした。「蘭丸にはすっごい感謝してる」「何だよいきなり」一瞬名前が寂しそうな顔を浮かべた。「ううん。ただ言いたくなっただけ!」じゃあね!と俺の背中を叩いて微笑む名前に、じゃあまたなとだけ言って再びペダルを漕いだ。少し進んだとこでどうしてか後ろを振り返れば、まだ手を降っている名前に安心した。




「さよなら」








































  名前が引っ越したと聞いたのはそれから数日たったある日のことだった。衝撃すぎて家を飛び出し、名前を乗せたことのある自転車を必死に漕いで名前の家へ向かった。でもそこには人の住んでいる気配がなく、俺は立ちすくした。




「今がよかったの。」




  そう言った意味を痛いほど理解した俺はせめて別れの言葉だけは言いたかったなと自転車にもたれかかった。頬に暖かいものを感じて触れてみると、それは涙だった。かっこ悪いと目をこすってみても止まらないので、いかに自分にとって名前が大事な存在だったか今更気付く。空が赤くなってきた。そういえば名前を最後に見た空もこんなんだったな。帰ろうと自転車に跨がる。もしまた名前に会えたら、次は俺からピクニックにでも誘おうかな、なんて考えつつペダルを漕いだ。




「さよなら」









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いろいろすみません


20120322


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