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中学の勉強は基礎さえわかればって言うけど、帝光中学は進学校。元々頭が良かったっていうのはあるけど、それでも三年間部活に入らず勉強していた子たちには敵わない。

父さんと話したあの日からずっと、ボクは机を齧り尽くすような勢いで勉強を始めた。まずは一年生の基礎、応用。次に二年生の基礎、応用。次に三年生の基礎、応用をこなして、最後に高校の問題に取り組む。進学予定の高校は都内でも頭のおかしいくらい頭のいい人ばかりが集まる。この程度こなさなくちゃ話にならない。

ずっとやり続けたおかげで試験対策は完璧。三年生の期末テストは、無事全教科一位。この結果から苦手な教科はわかったし、先生の出題傾向も割り出せる。これなら、最後の学力テストも行けるはず。

今までのボクならテストは適度に力を抜いてやるものだった。でも今は何よりも力を入れるもの。だから、テスト前も、テスト中も、テストの返却もドキドキして余計に体力を使う。

急に慣れないことをした疲れがたまったんだろうね。ボクは学校から家に帰って、部屋に着いたと同時にばたりと倒れてそのまま意識を失った。

***
頭にひんやりした感覚を覚えて、目を開けると自分の部屋のベッドで寝ていた。あれ、ボク床で倒れたはずじゃ。

「あ、陽起きたのぉ?もう、帰ってきたら倒れてるんだもん、びっくりしちゃった」
「つつつつ、っ月ちゃん!?え、な、で!…いたっ」
「あーもう、倒れたんだから急に起き上がらないでよぉ。それに、私が私の家に帰って来ちゃダメなの?」

ぷくっと頬を膨らませる月ちゃんは天使と間違えるほど可愛い。でも待って、ボク勉強に集中するためにココ最近月ちゃんと顔合わせてなかったんだよ。それが急に月ちゃんのどアップは…!

「…なぁにしてるのかは知らないけどさぁ、私はちゃんと見てるからね。双子だけど陽のお姉ちゃんなんだから、頼ってよ」
「へ、ぁ…あぁ、うん。でも今やってることはボク自身がやりたいことだからさ!今は少し辛いけど、もう少ししたら落ち着くから大丈夫だよ」
「…うそつき」

え。

うそつき、そういった月ちゃんの目には涙が浮かんでいた。ボクの目がなくなったときも、何も言わず髪を切った時も同じ目をしていた。

「私だってバカじゃないの。母さんが何も言わなくなったこととか。陽が突然勉強に力入れたことたか、父さんからコンタクト…は前からあったけど。でも、私の生活が陽が目を怪我してから変わったことくらい分かる。…陽が私のためって、何かをしてくれたとくらい、分かるの!」

いつもふにゃふにゃ笑って、母さんに怒られて。月ちゃんが泣いてるところなんて両手の指で数えられるほどしか見たことがない。そんな月ちゃんがぽろぽろと大粒の涙をその綺麗な両目から流している。場違いにもボクはその涙を流す月ちゃんを美しいと思ってしまうんだから、末期だなぁ。

「私、母さんの言ってた高校には行かない。陽からしたらすごくレベルの低いところに行く。新設校だから何にもないところから始める。…あと、父さんと前から話し合ってたけど、私はこの家を中学卒業と同時に出て行くよ。何も言わなくてごめん。一人だけ逃げるのを軽蔑されるのが怖くて、ずっと言えなかった」
「え、家を出るって…!父さんと暮らすの?あの人も月ちゃんも生活能力皆無じゃん!」
「マンション契約してもらって、私一人で暮らす。高校卒業したら大学に入って、行く行くは父さんの会社を継ぐよ。…これで私が隠してたことは全部。陽に言えって言ってるわけじゃない。でも、私だってただ守られるだけの存在じゃないことくらいわかってよ!」

それだけ叫んで月ちゃんはただ涙を流す。ボクが動かなくても月ちゃんは自分で考えて動いてるんだって知って少しだけ悲しくなったのは内緒。ボクの抱えてることは言えない、言えるわけがない。こんなの伝えたら多分ボクは本当に月ちゃんに嫌われてしまう。

「ご、めん。ボクはボクの秘密を墓まで持っていく、絶対月ちゃんに言えない。それでもっ、ボクは月ちゃんのこと…ずっと支えていきたい、って思ってる、よ」
「っ、ぁ。わた、し…陽の負担になってる、よね」
「そんなわけない!月ちゃんがいなかったら今のボクはいないんだよ?月ちゃんがいるからボクはボクでいれるんだよ!?…だから、っ、そんなこと言わないでっ」

月ちゃんに捨てられたら、ボクはきっと生きてはいけない。一番じゃなくていいの、月ちゃんのものになりたいだけなの。


この日を機に、ボクたちの仲はこじれた様に思う。月ちゃんは空いた時間全て父さんの会社に行ってるようで、家にいない日が増えた。家にいても部屋にこもって難しい書類とにらめっこ。ボクも受験や、テスト対策の勉強が忙しくて月ちゃんの顔を見ない日が続く。

気付けば三月も終わり、ボクは霧崎第一へ、月ちゃんは誠凛への進学が決まった。ボクの知らないうちに月ちゃんは引越しを終え、いつの間にかボクは否応なしに月ちゃんのいない生活に慣れることになる。

寂しい、なんて言っちゃダメ…なんだよね。

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