ボクの愛した人の話


ボクは影が薄くて誰にも見つけてもらえなかった。ついたあだ名が第三体育館の幽霊、言い得て妙だ。だって生きていても見つけてもらえないなら、認識してもらえないならそれは死んでるのと大差ないのだから。

そんな毎日でもボクはバスケをするだけで幸せだった。幸せな、はずだった。

ついていけない練習、一向に上手くならない技術、見つけてもらえなくて飛ばされる順番。普段なら大丈夫だと思えることでさえ耐えきれなくて涙が止まらなくなった。

彼女、詩織さんに出会ったのはそんな時。情けない姿を見せたと今でも後悔はしているけど、あの日あの場所で泣いていなければ彼女に見つけてもらえなかったと思うとそれもいいと思える。ボクはきっと単純だ。

「綺麗な飴玉みたいな目をしてるね。そんなに泣いたらせっかくの飴玉溶けちゃうよ?」

にぃっと悪戯っぽく笑う彼女は絵本から飛び出してきた天使のようだった。本人に伝えるとそんなことない、と嫌そうに言われるけれど、今もなおボクにはあなたが天使に見えます。だって光できらきら輝く髪が天使の輪っかのようでとても美しいから。

「練習つらい?泣きたくなるほどバスケは嫌い?上手くなくても、楽しければいいって思えなくなっちゃった?」
「……っ、ボク、は……っ」
「わたしもねぇ、あったんだ君みたいな時。そんな時はね」

彼女に手を引かれて体育館の中心へ。ころりと転がったボールは今は見たくない。目をそらせば彼女はまた悪戯っぽく笑うのだ。

「全力で楽しんでバスケをするの!だってわたしはどんなに辛くてもバスケをやめられない。息をするのと同じくらいバスケは必要なんだもん。逃げれないし諦められない。だから一緒に遊ぼ!」
「ボク、下手くそで……っ!なにも、出来ない!」
「練習じゃなくて遊びなの、下手でもいいの。ただ君が楽しいって思ってくれればそれだけでいいのー!」

後で聞いた話だけれど彼女はボクを笑わせたかったそうだ。日に日に顔に影が落ちていくボクを心配して、元気付けたくてわざわざ男バスのみが使用する体育館まで足を運んだと照れながら話してくれたことは一生忘れられないだろう。

結論から言うと2人っきりの遊びはとても楽しかった。パスして笑い、シュートを決めて笑い、ドリブルをして笑い、そしてミスをしても笑った。

あんなにもバスケを嫌になっていたのに、たった30分何も考えずに遊んだだけでボクは久しぶりに笑顔を浮かべていた。

「あ、笑った」
「え……、ボク」
「んふふ、やっぱり君の笑顔はとっても綺麗だね。それにしても、練習後に走り回るものじゃないね。楽しかったけど汗臭いや」
「タオル使ってください!ボクまだ使ってないの持ってるんで、遠慮しないで」
「え、ほんと?今日持って来た分使っちゃったからどーしようかと思ってたんだよねー。ありがと、黒子くん。あ、ちょっと待っててね」
「えと、こちらこそ……ありがとうございます」

あれ、なんでボクの名前を。そんな疑問を口に出す前に彼女は体育館のドアを開け外へ出る。数分後彼女はスポドリを二本掴んで戻ってきた。にっこり笑った彼女からスポドリのボトルを渡される。封を開けてないそれは水滴を纏っていて、体が火照った今飲めばちょうどいい冷たさであることがわかる。

「あげる。遊びにつき合わせちゃったし、これくらいはねー」
「えと、お金……っ」
「いいよー。寧ろ貰ってくれない?わたし二本も飲めないもん。タオルのお礼ってことでさ、受け取ってくれると嬉しいな」

ほんとは冷たいのってダメだけど、飲みたくなるから仕方ないよね。そう言って笑う彼女から目を反らせられない。だってボクはこの時名前も知らない少女に惚れてしまっていたから。

ころころと変わる表情も、甘くとろけるような優しい声も、小さく細い体も全部好きになった。人と関わることなんてやめてしまいたいと思っていたボクが一瞬で目を奪われた、初めての光だった。

「あの、名前……教えてもらえませんか?」
「ありゃ、言ってなかったっけ?わたしは女バス一年の二宮詩織。ポジションはPG、たまにSGかな。一応レギュラーだから、男バスの方にも顔だしたりさせて貰ってるの」
「一年生でですか。すごいですね、やっぱり。でも女バスも男バスより知名度は低いとはいえ練習は辛くありませんか?」
「んーん。わたしはこれだけしか出来ないし、中学の間だけしかするつもりないからこれくらいで丁度いいんだよ。でも息抜きでバスケも出来ないからストレス溜まるんだよねー」
「バスケの息抜きにバスケですか……。本当にバスケがお好きなんですね」
「好き、大好き。運動は大体好きだけど一番バスケが好きなの。わたしはチビだからあんまり向いてない。だからこそ自分よりおっきい相手を倒すのがすごく楽しい。侮ってる相手に抜かれて悔しそうな顔する人とかね」
「ボク、も……そう大きいほうではないですから、そんなことができたら楽しいでしょうね」
「あはは、黒子くんはあんまりそういうの向いてなさそうだもんね。トレーニング次第では何とかなるかもだけど、三軍の練習じゃちょっと厳しいかな」

当たり前のことを当たり前に言う彼女に少し悲しい気持ちにはなったけれど、それがボクの評価なら受け入れられる。多分これが教師やコーチからなら受け入れられなかった気がする。

「……なら無理ですね。もうボクはバスケ部をやめなければいけませんから」
「なんで!?黒子くんすごく頑張ってたでしょ!三軍でも試合に出れなくはないし、まだ一年だからチャンスはあるよ!」
「三軍の中でもボクは落ちこぼれなんです。三軍程度の練習量でへばっているので、一軍に上がるなんて夢のまた夢です。フルで出場する体力のない選手なんていらないんですよ」

体に不調があるわけでもない、ただどうしても体力がつかないだけ。身長だけなら平均値より少し低い程度。そのくらいの選手は掃いて捨てるほどいるけれど、生き残る選手はごくわずか。どう足掻いてもバスケというスポーツは身長や体力が必須のものだから。PGならそこまで気にしなくてもいいかもしれないけれど、ボクはあまりそちらに向いてないようだし。

目の前で悔しそうにする彼女。滅多に使わない表情筋を駆使して笑うと、笑わないでと冷たい声で言われる。

なんでボクより悲しそうなんですか。あなたはスカウトで入った唯一の天才バスケ少女じゃないですか。ボクなんて気にする必要ないんですよ。

最中は気付かなかった。でも名前を聞いて男バスでも有名な女の子だったことを思い出した。

「悔しくないの!?黒子くんはきっとすごい選手になる。なのに指導者がアレじゃ黒子くんは伸びないよ」
「慰めは結構です。ボクは色々平均以下ですから」
「違うもん!黒子くんを見てて、キミはきっとわたしにできないことをやってのけるって思ったの!だから目を離せなくて、元気付けたくて。……一年でレギュラーになってるわたしなんかに言われても嫌味なだけだよね。ごめんね、嫌な思いさせて。でも、黒子くんには他の人にない才能がある。だからやめないで。バスケを嫌いにならないで」

蜂蜜色の瞳は涙で潤み、体育館の光できらきら光る。ぽろりと流れ落ちるそれは一つの絵画かのように美しく、目を離せなかった。

慰めでもよかった。なんの才能もない自分がこんな素敵な女の子に目をかけてもらって、そしてバスケをやめないでと泣いてくれる。こんな幸福あっていいんだろうか。透明人間なボクを見つけてくれた女の子を泣かせたままでいいんだろうか。

いいわけないですよね。

「ボクに才能なんてありません。でも……二宮さんがそう言ってくれるならもう少しだけ頑張ります。一人じゃ難しいので、たまにでいいんです……こうして練習に付き合ってくれませんか?」
「……っ、もちろんだよ!っていうか女バスの方が早く終わるし、わたしいつも自手練してから帰るから黒子くんさえ良ければここで練習しよ!無理な時は言ってね、わたし体力馬鹿って言われるからやりすぎる時もあるし。無理矢理言わせちゃったみたいでごめんね。でも黒子くんに合った練習すれば絶対伸びると思うの。バスケ革命起こせるよ!」
「ふふ、二宮さんはすごいですねぇ。ボクはかなり体力がないのでついていけるかは不安ですが一緒に頑張りましょう。って、ボクが言うセリフではありませんね」
「ううん、お互い頑張ろ!あとね、わたしのことは下の名前で呼んで欲しいかな。仲良くなりたい子にはね名前で呼んで欲しいの。関西の方から来たばっかりであんまり友達いないから黒子くんが友達第一号……ってダメ?」
「では詩織さんとお呼びしても?ボクも詩織さんさえ良ければ名前呼びでお願いします。家族以外に呼ばれることがないので少し照れてしまいますが」
「テツヤくん?うーん、何かしっくりこないなぁ。テツくん、てっちゃん……テツヤ?」
「テツヤでお願いします」
「ならテツヤね。これからよろしくねテツヤ!」

天使のような笑顔を浮かべた彼女とボクは付き合うことは出来なかった。その代わりに一番の異性の友人というポジション、彼女の恋人であっても絶対に手に入れられない大事なものをボクのものにすることができたんです。詩織さんと彼が別れることはないと思うけれど、それは絶対じゃない。ボクはあなたへの恋心を隠しながらずっとずっと側で守り続けます。

これはボクが送るあなたへの最初で最後のラブレターです。きっと、笑って呼んでくれますよね。

*×*
「基本ノンフィクションでボク目線からボクらの学生時代を描いた小説です。最後に記述した通り本当にこれは個人的なラブレターなので陽の目を見ることはないと思っていたんですが、どうしても担当が言うもので……」
「だって黒鉄先生のこれ凄すぎるんです!なんでこんなに記憶力あるのって言いたいくらい俺らの学生時代まんま。さすがに色々同じにしちゃったら身バレとか大変なんでちょっとボカしてはいますけど、知ってる人が読んだら俺らのことかって分かっちゃうくらいそのまんまのお話です」
「公開された物語はボクの初恋の人こと詩織さんとの出会いを綴っています。当時の甘酸っぱい恋心をふんだんに詰めて書いたものなので、正直知り合いに見られるのが本当に恥ずかしいです。今からでも全て回収したいくらいです」
「だめですよ先生、これからどんどん人物が増えて面白くなっていくんですから!俺も担当兼黒鉄先生の一ファンとして楽しみにしてるんで続き頑張って書いてくださいよ」
「えぇ。と言うよりこのシリーズは昔に書いていたものを手直しして本にしてますので高校編までは発売の目処が立っています。その後はどうなるかは分かりませんけどね」

詩織さんあなたがいなくなったあとボクは小説家になると言う夢を叶え、あなたの兄である真さんと二人三脚でゆっくり頑張っています。

一生歳をとることがないあなたを、もしもの世界で生き返らせてあげたい。一人だけだった夢が二人、三人、四人、五人……たくさんの人の夢になり、今日本へ飛び立ちます。物語の中だけでいいんです、あなたは幸せになって笑うべき人です。

もう呼んではくれないラブレター日本中の人に読んでもらうのはとてつもなく恥ずかしくて。でもきっとあなたは笑ってくれますよね。仕方ないなぁって優しく笑ってそれから大好きだよって言ってくれる。それを思うだけで頑張れますから、諦めないで書けますから……。

どうか空の上で見守っていてくださいね、詩織さん。

「黒鉄先生の待望の新作『にじいろのそら』は本日より発売!笑いあり涙ありなほぼノンフィクションストーリー是非是非お読みください!」

***
実は黒バス連載(同世界観)は黒鉄先生こと黒子テツヤの書いた小説なんだよ、って話。

死んじゃった詩織をそのまんまにしておきたくなかった。でも死んだ人間を生き返らせることなんてできやしない。なら描けばいい。彼女が生きた証を、そして生きるはずだった未来を。それが詩織の初めての親友である黒子っちにできることでした。

詩織本人の物語はあの日で終わってしまったけれど、ちゃんとみんなの心に残ってますから。だから安心して見守っててくださいね、って感じで書き始めた『にじいろのそら』。人気が出て『にじいろ』シリーズとして長篇連載されてます。中学編から始まり、女バスメンバーが主役を張る高校編。色々な高校が登場しながらもその中心には詩織の存在が。様々な思惑が渦巻く中でどう選択してくのか、未来はどうなるのか。

高校編以降は黒子っちの妄想ストーリー。祥吾くん×詩織さんは正義です!と叫びながら執筆しているのをよく見かけられています笑

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