兄とわたしとそれから無冠


ぽろぽろと悔しいと言って涙を流す兄。真剣勝負をしている以上どちらかが勝って、どちらかが負けるなんて当然のこと。その事で悔しいと泣くなら、その悔しさの分もっともっと練習して高校で借りを返せと激昂するけれどこの兄はそんなことでは決して泣かない。

信じてる人に裏切られたからこそ声を押し殺して隅っこで一人泣いているんだ。

「……知ってたんだ、俺…が、無冠で一番下手くそなんだって。木吉みたいに強い心も、実渕みたいに繊細なシュートも、根武谷みたいな恵まれた体型も、葉山みたいなそいつしかできないような得意技も……俺は何も持ってない、から」
「そんなことない!まこちゃんはずっと努力してた、翔一がいた頃はダブルPGとして有名だったでしょ?」
「俺一人じゃ、誰にもかなわない。なのに、準決勝まで残って…。重すぎたんだ俺には、みんなの期待なんて答えられっこないのに。なんで、なぁ、負けたのは全部俺のせい?勝ったのは全部チームメイトのおかげ?なぁ、名声がない俺なんて、バスケする意味あるのかなぁ…っ!?」

ぐちゃぐちゃの言葉。わたしに声を荒げることなんて一度もなかった兄が涙を流しながら大声を上げる。その姿はあまりにも痛々しすぎて、思わずわたしは兄を抱きしめた。

「わたしは……重いよ。帝光の女バスは男バスとちがって期待されてはいないけど、先輩の後を継いだなら勝たなきゃだめ、一戦たりとも負けちゃだめ。その重圧に耐えきれなくても逃げちゃだめなの。天才なんて言われて、入学早々センパイの立場を奪って恨まれてる。それでも逃げない。逃げることはわたしにとって負けることだから。重圧どうこうより、わたしはわたしに嘘つきたくない。他人にわたしを作られたくない。

ねぇまこちゃん。負けたっていいんだよ、だってまこちゃんはバスケが好きでしょう?わたしまこちゃんがいたずらっ子みたいに笑ってバスケしてるのが好き、勝ったらキラキラの笑顔を見せてくれて、負けても一生懸命考えてくれる……そんなまこちゃんのことがわたしは大好きなの。……今はちょっと心が疲れちゃってるの。休んだらまた笑顔のまこちゃんに戻れるからさ、ほんの少しだけわたしと一緒に逃げよう?」

まこちゃんが笑顔になれるお手伝いしたいなぁ、なんて少し気の抜けた声で言えばわたしの腕の中でまこちゃんは声を上げずに涙を流す。うん、わたしが守るから。今はゆっくりお休みなさい。

***
「恥ずかしくないわけ?一人にだけ責任押し付けて、自分は素知らぬ顔なんて。チームの勝ちも負けも全部チームのものでしょ。そんなことも知らないで都合のいい時だけチーム顔するのやめてくんない?」

わたしが部活を休んでまで来たのはまこちゃんの学校。ぶちぶち文句を垂れる部員の尻を蹴り飛ばし説教してやるんだから。ううん、違う。わたしはわたしのために怒ってる。大事な大好きな兄を泣かされて、怒らないはずないもの。

「まこちゃんが翔一のいなくなった後どれだけ努力したと思ってんの?知らないわけないよね。だってみんなのために徹夜で個別のメニュー作ったり差し入れ作ったりしてくれてたもんね。部員がちょっとギスギスした雰囲気になっちゃった時も一生懸命仲を取り持ってくれたよね。あなたたちはその恩も忘れるくらいとり頭なの、馬鹿なの?」

まこちゃんはあなたたちのことが大好きだったのに。妹のわたしですら嫉妬しちゃうほどあなたたちが大好きだからって全身でアピールしてたのにそれを裏切るわけ?

真冬の体育館ほど寒々しいものはない。そこに冷めた目をプラスすれば如何に全国区の屈強なプレイヤーたちでも震え上がる。

ごめんね、使えるものは使う主義だから。

「……言い訳は聞きたくない。でもね、ごめんなさいしてあげてよ。まこちゃんはあなたたちと違って純真無垢でとっても可愛くてとっても素敵でとっても優しい人だから。大好きな人に嫌われるのって本当に辛いんだよ。わたしはまだ用事があるから今日はこれでお暇させてもらうけど、もし今度まこちゃんが泣くような事態が起これば幼馴染と協力して全力であなたたちを潰すから。それを覚悟してこれからの生活楽しんでね」

翔一だって和くんだってまこちゃんのこと大好きだもん。わたしたちが容赦しないっていうのはもう骨の髄まで叩き込んだことだよね。物分かりのいい犬はだぁいすきだよ。

そうしてわたしは兄の3年間の思い出が詰まった体育館を後にした。ここは多分間違いだったから。

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