とある兄のお話


詩織は肺炎一歩手前だったし、身体中傷だらけだったし、さらに言えばご飯をほとんど食べてなくて栄養失調のスリーアウトの状態だったから、即入院。幼稚園のない日はずっとお見舞いに行ってたけど、詩織が起きてる姿を見たことはない。いつも細い腕にチューブを入れて寝ている姿しか見たことがない。

あの事件から二ヶ月後、母さんが笑顔で詩織の引き取りが決定したことを告げた。まだ身体が完全に治っていないから、うちに来るのはあと一ヶ月以上先になるけど、家族になれるって。

今思えば全く血の繋がりがない母さんがどうして親権を詩織の親族から奪い取れたかが謎でしかないけど、この時はあの可愛い子が俺の妹になるってことで頭がいっぱいだった。


初めて詩織が家族になった日、俺が6歳で、詩織が5歳。小学校から帰ってすぐ、玄関に見慣れないピンクの小さい靴が置いてあるのを見て勢いよく部屋に入った。…ら、母さんに手を洗え!と部屋から放り出されたけど。

ピカピカに手を洗って、もう一度、次は静かに入る。目の前には見慣れた母さんと、ツヤツヤのハニーブラウンの髪と、甘い蜂蜜をそのまま丸めたような綺麗な瞳をした少女がいた。生まれてこのかたこんなに綺麗な人は見たことがないから、一瞬…ほんの一瞬だけ見惚れてしまった。

「真、今日からうちの新しい家族になる詩織ちゃんよ。ほら、挨拶しなさい」
「あ、うん!俺花宮真!今日から詩織のお兄ちゃんになるんだ!絶対守るから、痛い思いなんてさせないから…よろしく!」
「詩織ちゃん、真はねあなたが来るのをずーっと待ってたのよ。少しずつでいいからお話ししてあげてね」

母さんがそう言うとこくり、と小さな頭が縦に振られた。

***
まぁ、それから散々だったとだけ言っておこうか。正直自分があれで逃げ出さなかったのを褒めてやりたい。なにやってもピクリとも笑わない、美人の真顔って本当に怖いという事を小学一年生で理解してしまった。

でも少しずつ少しずつ時間をかけて兄妹になっていけた。詩織が小学三年生になる頃には今吉さんと出会って、3人でずっと遊んだ。もうこの頃には今の詩織の原型みたいな可愛さがあって(もちろん初めて出会った頃も可愛かったけど!)兄としては気が気じゃなかったとだけ言っておく。

それからバスケを始めたのはこの時期。今吉さんがやってるから俺もバスケクラブに入って、必然的に詩織も始めたって経緯だ。俺ら3人ともハマりにハマって。休みの日なんか弁当を持って朝から晩まで走り回っていた。

詩織が四年生になる頃にはカズ(高尾和成な!)が転校してきて、4人で遊ぶようになった。カズは別にバスケは好きじゃないって言ってたけど、俺ら3人がやってるから仕方なくって感じだった。それでも少し不思議なカズの眼お陰か俺らの中で一番上手くなるのは早かった。

今吉さんが近所の中学に入って、俺も次の年同じ中学に入って。次の年には詩織達が入って…と思っていたら、詩織に都内のバスケ部からの勧誘。もう、阿鼻叫喚だった。主にカズが。わんわん泣いて、置いて行かないでって詩織にすがって。俺だって出来るならそうしたかった。やっとここまで兄妹になれたんだ。三年とはいえ離れ離れになるのは嫌だった。でも、詩織がやりたいならそれを支えるのがお兄ちゃんだから。

「行きたいなら行けよ。カズはさ、寂しいだけだ。母さんにでも頼んで携帯持たせてもらって、たまーに連絡すりゃいいだろ」
「で、も」
「金のこと気にしてんだったら、多分母さんも父さんも怒るぞ。お前はもううちの子なの、子どもの幸せのためにお金を出し惜しみする親がいますか!ってな」
「まこちゃんはわたしがいなくなったら、寂しい?わたし、思いっきりバスケやりたいよ。でも、わたしはこんな身体だから…」

詩織が自分の体に刻まれた傷がコンプレックスなのは知ってる。どれだけ年が過ぎても傷跡は消えなくて、今でも八分袖より短い服は着ようとしない。それに昔から水にトラウマがあってプールにすら近付けもしない。生き辛いのはわかってる。

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