とある兄のお話


俺、花宮真は6歳の時兄になった。初めてできた妹は俺なんかよりずっと小さくて、ボロボロで守ってあげなくちゃってずっと…今でも思ってる。

***
詩織と初めて会ったのはいつだったかは知らない。母さんの友人の子どもだって、年の近い俺が連れて行かれただけ。多分それは俺が2歳の頃だったように思う。その頃の詩織は詩織の母さんにべったり抱きついて、その人がいなかったらすぐに泣くような子どもだった。まぁ、今思うとまだ1歳の子どもだし当たり前だとは思うけど。それでも俺はお兄ちゃんぶって話しかけた。その時泣き顔ばっかりだった詩織がふにゃりと花咲く笑顔で笑ってくれたことは多分忘れられない。

その一回きりで詩織とは会うことはなかった。でも、俺が3歳の時詩織の母さんと父さんが事故で亡くなったと言う話を聞いて、友人だった母さんは葬式に行った。小さい俺はなにも知らなかったけど、詩織の母さんは結婚するために親族全てと絶縁していてまだ小さい詩織の引き取り手はいないとされていた。母さんはもし、引き取り手がいなかったら自分が…と言うつもりで行ったらしいが、遠い親戚のおばさんが引き取ったらしい。

ただ、母さんと交流があったのは詩織の母さんだけでその親戚に引き取られてから本当にぱたりと交流がなくなった。心配性な母さんはずっと大丈夫かしら?と心配していて、父さんが慰めているのをよく見た。

それから2年が経って、俺が5歳、詩織が4歳になった時母さんと父さんに手を引かれてその親戚の人の家へ訪問した。二人の顔はまるで怒ってるみたいで怖かったのをよく覚えている。ぎゅっと繋がれた手から二人の苛立ちがわかったから。

俺らがいくことで親戚の人はいい顔をしなかった。そりゃそうだ、昔に交流があったとしても今は全く関係のない赤の他人なんだから。それでも母さんはにこりと貼り付けたような顔で笑って詩織ちゃんの顔が見たいのだけれど?と言った。女は外に遊びに行ってるよ、と言ったけど母さんは笑顔を崩さない。あれ、と俺はそこで気がつく。この頃には頭の良さが顕著に表れて、そんじょそこらの子どもなんか目じゃないくらい頭の回転が早かった。

詩織はナニカをされている。母さんたちはそれを助けようとしてるんだって。そこからは早かった。幼さを生かして、母さんたちにはできない方法で詩織を探した。わざと走り回って、ドアに近づいて、詩織の名前を呼ぶ。

廊下の一番奥、鍵のかかった扉の前で名前を呼べばひゅうひゅう、と短い息。

「母さん、ここ!詩織がいる、苦しそう!助けて!」

この呼吸の仕方は知ってる。風邪をひいたとき、すごく苦しくなって息が吸えなくなった時こんな呼吸になる。

「あなた、壊すわよ!」
「あぁ、真どいてろ」
「やめ、なさい!!」

女の金切り声みたいな叫びを無視して、母さんと父さんは全力で扉を蹴り破る。外のほうがマシなんじゃないかと思われるくらいキンキンに冷えた、物が少なく一目見れば部屋のすべてがわかるような小さな部屋。フローリングの所々に赤黒い何かが付着していて、その中心に真っ赤な顔でガタガタと震えて苦しげな呼吸をしている詩織がいた。4歳にしては小さく、骨と皮しかないような彼女を見て母さんは一目散に駆け出した。父さんは声にならない叫び声をあげて暴れまわる女を羽交い締めにしていた。

「ひどい熱…っ!真、母さんの携帯から救急車を呼んでちょうだい!電話番号は…」
「分かる!すぐ呼ぶから、詩織を助けて」
「当たり前でしょ、母さんを誰だと思ってんの!」

母さんの声で弾かれたように動いて、すぐ救急車に電話する。お願い、助けて!


病院に行く医者はさっと顔色を変え、すぐに治療に当たった。ちらりと見えた詩織の肌は、服に隠れる位置は傷だらけで…。それでも彼女は苦しいはずなのに、痛いはずなのに一切の涙を流さなかった。ただ俺らを睨みつけるように見ているだけだった。

「あと一歩発見が遅ければ、手遅れでしたね。風邪を拗らせて肺炎の一歩手前、栄養失調、身体中の無数の傷…、この子は」
「部屋に閉じ込められて、2年間ずっと…。私がもっと早く気づいていれば…っ!」
「起こってしまったことは仕方ありません。これからどうするか、一緒に考えましょう」

ポロポロ涙を流す母さんの近くのベッドには、さっきよりだいぶ落ち着いた呼吸をしている詩織が。骨と皮しかない細い腕にはたくさんのチューブが繋げられている。


先生との話を終えて、目の周りを真っ赤にした母さんは俺を撫でる。だめだよ、俺よりこの子を。

「ねぇ、真。妹ができたら嬉しい?」
「詩織が妹になるの?ほんと?」
「あのね、詩織ちゃんは今すごく大変なの。いっぱい痛い思いも苦しい思いもして、うちの子になってもずっと怯えちゃうかもしれない。真が辛い思いをしちゃうかもしれないの。それでも、母さんはこの子を守ってあげたいって…思っちゃったの」
「俺、今すごく楽しいの!でも詩織はずっと痛いんでしょ?だったら俺が詩織を笑顔にする!あのね、お兄ちゃんは妹を守るんだって、笑顔にしてあげるんだって!」

この小さな子が前みたいに可愛く笑ってくれるなら何でもする。だからもう、あんなボロボロな姿は見たくない。

「うん、うん…っ。真は、真なら詩織ちゃんのいいお兄ちゃんになれるよ」

ぎゅって抱き締めてくれた母さんの身体は小さく震えていた。

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