海常のエースさま?


いつもなら幸と森山と小堀と一緒に飯を食ってる幸せの昼休み。なのに今日は化粧の濃い女子に囲まれてきゃんきゃん鳴かれてる。

「ちょっと、一ノ瀬さん!あなたバスケ部のマネージャーだからって黄瀬くんに近づき過ぎじゃない?いくら中学が一緒で、知り合いだからって調子に乗らないでよね!」
「あたしはただ、黄瀬が部員だから面倒見てるだけだ。キセキだなんて呼ばれて調子に乗ってるやつなんざ、あたしからお断りだっつーの」

はぁ、とため息をつけば明らかに気にくわないと言いたげな女子生徒たち。黄瀬くんはみんなのもの、だからバスケ部唯一のマネージャーであるあたしが目障りだっていうバカなやつら。まぁ、春にマネージャーは必要ねぇよって監督に言ったお陰で黄瀬目当てのミーハーは入りたくても入れない状況だったし、恨み辛みがこっちにくんのも仕方ないんだけど。

バスケ部の連絡を伝えに行けば睨まれ、部活中オバーワークしそうなところを止めれば奇声を発せられ、くそうぜぇ発言をしたところを幸と一緒に蹴り飛ばせば暴言。さらにさらに、練習中きゃーきゃーうっせえ声で妨害してくるのを注意すればもう誹謗中傷の嵐。たったの3ヶ月ちょいであたしは女子から避けられ孤立状態。恋人である幸とバスケ部の友人の森山と小堀と飯を食えば、幸に懐いている黄瀬は寄ってくる。負のスパイラルが終わらねー。

「黄瀬くんは、モデルなのよ?あなた一人が独占してもいいような人じゃないの」
「そうよ、みんなの黄瀬くんなの!」
「モデルの黄瀬くんにあなたみたいな人が近づいたら悪影響になる。身の程をわきまえなさいよ!」

モデルモデルモデル、こいつらはモデルの黄瀬しか見てねーんだよなぁ。確かに見た目は整ってるけどこいつかなり性格最悪だぞ?あたしはバスケ部に関係なかったら関わりたくねぇ。それにうちの後輩に手ぇ出したやつだから、顔の原型がなくなるまで殴り飛ばしてやってもいいんだぜ?


未だにきぃきぃ喚く女子たちにイライラしてないかといえば嘘になる。幸といちゃいちゃできる貴重な時間を取られたんだ。少しくらいやってもいいよなぁ?

「さっきから聞いてりゃぁあんたらの目にはモデルの黄瀬しか映ってねぇのな。あんたらは見たことあるか?あいつの演技抜きの笑顔、真剣な表情、泣き顔。全然綺麗じゃねーの。汗でベッタベタだし、外周に行けば泥だらけになって髪もボサボサになるしなぁ」
「なにが言いたいのよ!黄瀬くんはモデルなのよ!そんなこと、するわけないじゃない!」
「そうよ、黄瀬くんは天才なの!凡人みたいにがむしゃらに努力しなくてもなんでもこなせるんだから!」

ばき、と鈍い音。気付けば近くにあった机を殴ってしまった。手加減すらできなくて、木でできたそれはぱっくりと半分に割れた。うん、大丈夫ここにあるやつ使わねぇやつだし。

ぱきりと半分に割れてしまった机を見てさっきまで騒いでいた女子たちは一気に静まる。

「あのさぁ、あんたらなに黄瀬に夢見てんの?そりゃあいつはモデルだよ。入学したときはモデル業優先で、全然努力なんてしてなかったさ。あはは、今思い出しても顔面陥没させてやりてぇわ。でもさ、あいつ練習試合で負けてから部活優先でがむしゃらに努力するようになったんだよ。自分に劣る凡才だと見下してた連中と必死でコミュニケーション取るようになった。少しずつだけど一人でバスケしてんじゃねぇって理解してきた。才能だからじゃねぇ、必死に努力して努力してあいつは海常のエースになったんだ。…あたしは森山や小森と違って優しくないんだ。一回しか言わねぇぞ」

まっすぐ女子生徒を睨みつける。

「あいつは、黄瀬涼太はうちのエースだ!テメェらが勝手に作った幻想であいつのやりてぇことを邪魔すんじゃねぇよ!」

女子を殴ればどうなるかなんて分かってる。でもどうしようもないイライラは発散しなくちゃなぁ。机と椅子を蹴り飛ばして、殴って。


「…あんたらはさ、黄瀬と同じ学校に通ってんだぜ?頭のいいファンなら演技じゃない黄瀬が見れる場所を、わざわざ潰すなんて真似しねぇと思うけど」

本当にあいつが好きなら、あいつが望んでることくらい分かってやれよ…と言って彼女たちに背を向ける。こんだけ言って分かんねぇなら救えない。

ドアを開けるために手をかけたときに、制服を引っ張られる感覚。完全に油断してたあたしは思わずふらついて尻餅をつく。きゃぁと甲高い声が聞こえて、顔を上げると怒りに顔を染めながらカッターナイフを振り上げる一人の生徒。避けれねぇな、なんてのんきに考えて顔面めがけて降ってくるだろう痛みを想像して目を瞑る。だけど一向に痛みが来ない。

目を開けると、目の前にはスラックス。なんだかんだで嗅ぎ慣れてしまった香水の香りに思わず顔を顰める。


「なに、やってるっスか」
「え、あの…っ、ちが…っ」
「はぁ?尻もちついてる人に対してカッターを刺そうとしてるんスよね、言い訳はいらねーよ」
「や、っ…あ、の、女が悪いのよ!!あた、あたしだって、黄瀬くんと…っ、あたしの方がずっと黄瀬くんのことが好きなのに!!!」
「この人が俺を好きとかありえねぇっスから。寧ろいつでも命狙えますって感じで睨んでるっスからね?」

「よく分かってんじゃん。あたしが好きなのは幸だけ。てめぇの小綺麗な顔なんざ、めっためたにしてやりたいね」
「助けてやったお礼もなしっスか。あんたみたいなのが上だから下もあぁなるんスねぇ」
「別に助けてもらわなくてもよかったけど?つーか、最初っからいたワケかよクソが。言っとくけどなぁお前がへらへら媚び売ってるからこうなるんだぞ。自分のファンの躾ぐらいちゃんとしとけよ、駄犬が」
「あんたらが後で来たんスよ、ここは俺の落ち着ける場所っスから。つーか、これでもモデルなもんで媚び売るのが仕事なんスよぉ。あ、おしゃれとか興味ない男勝りな先輩には関係ない世界っスよねー」

女子生徒の手首を掴みながらにこり、と笑う黄瀬は明らかにキレている。なんだかんだ言って真面目なヤツだから自分のせいであたしが傷つくのが許せないんだろう。とくに顔を売りもんにしてるヤツの目の前では一番やっちゃいけないことだよなぁ。

立ち上がって黄瀬の脇腹に威力を弱めた回し蹴り。カエルみたいな声を出して痛みに蹲る黄瀬を教室の外へ蹴り出しついでに鍵もしておく。そして目の前で震える女子生徒からカッターを奪った。そのままカッターの刃を出し、中学の最後の全国大会あとから伸ばし続けて今やセミロングになった髪に推し当てる。動きにくいから、とポニーテルにまとめていたから狙いはつけやすい。

ざっくりと、勢いをつけて切る。安物のカッターなんだろう、髪に引っかかってぶちぶちと髪が抜ける痛みで顔をしかめる。

切り落とした髪を持って、目の前の女子生徒と周りの女子生徒を睨みつける。


「あたしは、気が長くねぇの。次こんなことがあったらあんたらを殴らねぇ自信はない。つか、こんなことしたらあの顔だけ野郎があんたらを嫌うってことぐらい分かるだろうが。それも分かんねぇ、きゃぁきゃぁ叫ぶしかない屑はさ…消えればいいと思うよ」

手にしたずっしりと重い髪を地面に投げて、もう知らない。机壊したし、椅子も壊した。ついでに髪も投げたこの教室の惨劇は誰が片付けるのかね。


今度こそドアに手をかけて教室の外へ出る。あ、そうだ言い忘れてた。

「今回のことちゃぁんとバスケ部顧問には伝えとくからなぁ。よかったな、だぁいすきな黄瀬クンの汗水垂らしただっさい格好みなくなれて」

やられっぱなしでは終わる気ないんだよね。ついでにあの教室の惨劇の犯人も押し付けとこ。バスケ部の不安になる要素は全部消しとかねーとな。

「これに懲りたら二度とあたしに喧嘩売ってんじゃねーぞ、おっじょうちゃん。もしこれで学ばない馬鹿がいるなら、こんどは拳で語ろうぜ」

ま、そんなことする勇気のあるやつなんぞいねーだろうけど。

廊下にいる黄瀬を蹴り飛ばして、自分の教室に向かう。あーぁ、この髪どう言い訳しようか?


ちなみに後輩曰くあたしの喧嘩はエグいそうだ。別にそんなことないと思うけどなぁ?

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -