柔らかい風にふわり舞った
白い花弁が彼の右肩に
身を置いたのを僕は見逃さなかった。

そうでもして意識を他に
向けなければ貼り付くような
彼の視線に今にも
息が出来なくなりそうだったから。


ひたり ひたり。
止まったままの僕らとは
ひどく対照的に視界の隅で
蠢き落ちていく花びら。
地を隠す一面の白のように
僕もこのまま溶けてしまえたら、
と思った。




「好きなのだろう?」


不意を付かれた言葉に
身体がヒクリと揺れる。
一気に紅潮してしまう
己の顔が腹立たしい。
敬遠していたこの台詞だが
待ち望んでいないと
云えば嘘になる。
近づきたかったのは事実。


「顔に、出ている」


近づいた白の指が
つ、と頬をなぞる。
眉をしかめた僕を
面白そうに見下ろすと
ふんと鼻を鳴らした。



「その様子だとさぞ
恋い焦がれているらしい」


目を細めて笑った彼の言葉は
微かな嘲りを孕む。
居たたまれなさが押し寄せて
立ち尽くす足は小さく震えていた。

僕を縛するこの気持ちの先に
幸はないことは分かっていた。
欲する前方の男には
想いを注ぐ相手がいる。
紫のしなやかな髪を揺らす
綺麗なひと。


思い巡らせて更なる
辛辣に目をつぶったら
再び低い声が落とされた。


「そう、気を落とすな」


くしゃくしゃと僕の髪を
撫でる彼の掌は
いつになく優しい。
これほどのことで
目頭が熱くなる自分の
脆さには軽蔑しかないだろう。



低く落ち着いた声が
垂れ目の強い眼差しが
髪をすく長い指が

僕だけに与えられている今。

目眩がしそうな幸福に
ただどうかこの瞬間に
ずっと蕩けていたいと
願ったのも束の間だった。


「大久保さん」


連なる桜の木の向こう側
聞き覚えのある声が響いた。
僕が振り返るよりもはやく
綻んだ彼の顔。
その眼差しの先に
誰が在るかなど
嗚呼、想像するに容易い。

悔しさが胸の中で高い音を
鳴らしたけれども
呆気なく離れた彼の指に

ただ、目を伏せるしかなかった。



脆弱な白の幸福
(振り返る強さなど)
(持ち合わせていない)



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