目の前で広がる光景を、未だに信じられない自分が居た。
広がる戦火、薙ぎ倒されていく木々、それにすらも移る火気の勢いは鋭くて、まるで呑み込むようでいて。赤々と燃え広がっていってはその全てを鮮明にさせた。
これは、なんだろう。
幼い自分の眼窩に焼き付いて離れない。離れない。いつまで経ってもそこから動けない。震える足はとても脆いのに、まるで何かにひっつけられたかのようにぴくりとも動けなかったのだ。
自分がこんな所にいたらあれに呑み込れるなんて当たり前なのに、早く逃げろと心臓は叫んでいるのに。

私がそれより先でもって涙を流したのは、恐怖でもなければ畏怖でもない、紛れもない海賊への怒りだったのだ。 その時に確信していた。海賊とは、悪だ。

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手に抱えた木箱をゆらゆらと揺らしながら、よたつく足を支えて歩いていく。目の前には港がある。それなのに中々に着かない漁船に苛ついている自分が居たが、それを差し引いてもこの島は大きかった。昔海賊にやられてからなんと か改築してきたから、仕方ないのかも知れないが。
結局あれから海賊なんてやってこなかったし、 皆あの頃の事を話題にする事もなく逆に笑っていたのだ。

「あの海賊達は悪い奴だったんだよ、」

運が悪かったんだ―――そんな事を、言っては、笑って。馬鹿みたいだと吐き捨ててしまいたくなるが、やっぱり海賊 なんて悪に違いないのだ。運が悪かった?なん だそれ、と。いちいち海賊達がやって来る度に運なんかを気にしなくちゃいけないのかと。そんなのは断固として嫌だったし、何より私はあれ以来海賊を目の敵にして毎日鍛えていた。刀だって少しは扱えるようになったし、今でこそ漁船で働いてはいるが充実した毎日を送っている。海賊の単語が会話に出る度に憤慨してしまうのはもうどうしようもないのだ。 だから、誤算だった。

久々に来ていた、らしい、海賊船に。頭に血が 上って駆け込んでいって、お頭とかいう奴に挑んで負けてしまったのは。






―――海賊は、悪だ。絶対に悪なのだ。優しい海賊なんてものは勿論居ないし、海賊というものは略奪と破壊しか生まない馬鹿みたいな奴等だ。そう思っているし、その思いは変わらないままだ。
それなのに、私はあの海賊に挑んで負けてしまった。面白いくらい呆気なく。自慢だった刀をなんとか奮っていても、やはり経験がものをいうのか震えていた自分が居て。髪の赤い、片腕がない奴だからと油断していたものの、勝てない事なんてとっくのとうに分かっていた。それでも挑んだ。挑まなきゃいけないような、そんな自分が居たのだ。港の仕事もほっぽりだしてきてしまった。

そうして殺せ、と海賊に吐き捨ててはみたものの、何故かその海賊達は私が船に乗ったら許してやると言い出していた。力を認めてやると、 仲間にしたい、と。そんな事を言われた途端兎に角怒りが沸いて、これ以上の屈辱はないと自分で刀を手に取ったのだ。慌てる海賊共を置い て喉に刀をやって、「お前らなんかの手下になるくらいなら、死んだ方がマシだ」と在り来たりな台詞を吐いて――…

「まァまァ、そんな勿体無いこと止めとけよ」

どうやらそんな事も言わせてくれないぐらいには、この海賊共は手酷かったらしい。
宛がった自慢の愛刀を押さえられて、軽い力でそれを奪い取られる。次いでぱしりと掴まれた腕に、引っ張られた感覚。ぐるぐると回る思考で考えてみても海賊が憎い私に分かる訳もなく、結局無理矢理「仲間になれって、なァ」と囁かれて終わってしまっていた。目の前に見え る、私に勝った、憎くて赤い奴。
ムカつく、ムカつく。こんな奴等に。こんな、 憎くて堪らない海賊共に。仲間になれなどと宣われて、自身の刀まで奪われたのだ。侮辱などとは言ってられないだろう。これは私を貶しているに違いないのだ。それが手に取るように分かってしまって、ただ私は悔しさからか唇を噛 むことしか出来なかった。

「嫌だ、絶対にあんたらの仲間に、なんか……な るか……」
「はは、だがお頭が気に入っちまったんだ、諦 めな」
「なるか……なる、もんか……」

あまりの怒りにからか意思が薄れていく。終いには涙まで出てきそうになったが、結局、がくりと体全体の力が抜けた瞬間に意思は遠退いていった。







―――朝日が漏れ出す。ゆるり、そんな感じで 顔をあげたのだが、また見慣れた天井が目に飛び込んできて嫌気が差してしまった。眉を潜めつつむっくりと起き上がる。
また今日も、この胸くそ悪い生活がやってきた。
くああ、と欠伸を吐き出して、ベッドのシーツを整えつつ着替えを出す。適当に脱いで適当に着たあと扉の外に出たのだが、そこにはやっぱり変わらない甲板が見えて顔をしかめていた。 盛大に眉間に皺を寄せつつ、まだ早かったらしい時間帯だと空を見上げる。
……この海賊団の仲間とやらになってから、もう暫く経つ。何秒何日何年経ったか、なんて数え る気もない為にとっくに放棄していたのだが、 あの苛つく赤い髪の奴(名前なんてのも更々覚える気がない)に毎日のように引っ付き回されては話しかけられていたのだ。ムカつく事に。 それでも私が勝手に挑んで勝手に負けてしまっ た為に、自業自得としか言えなかった。だから 仲間になったのだ。あれだけ憎んでいた海賊に。

「はぁ……」
「おっ、早いなあなまえ!もう起きてたのか?」
「、!」

ぽん、っと。肩に手を置かれる感覚に勢いよく後ろを向く。慌てて刀の柄に手をかけたものの、相変わらずへらへらと暢気に笑ってはこっちを見やる赤髪に「離れろ、」とだけ一喝しておいた。それでも離れる気がないようで気がつい たら隣に居たのだが。なんなんだろうか、こい つは。
こんなに隙がありそうなのにいざとなると誰も敵わないくらい強くて、仲間が傷つくと恐ろしいくらいの威圧感を纏う。私みたいな海賊嫌い をも仲間にする変人だ。
それはきっとこれから先も変わらないのだろうし、私はずっと海賊が嫌いだ。嫌いで居続ける。

「なまえは変わらないなァ、そんなんじゃ貰い手が居なくなるぞ?」
「…………別に」
「まあ居なかったら俺が貰ってやるよ!」

だっはっはと笑いながら背中を叩く赤髪にいらりときて、思いっきり足を踏んでやろうかと考 えてしまったが……止めておいた。 赤髪。確か名前はシャンクス。別に、気にしてる訳でも好きな訳でもないのだが、この平和な海賊団に酔っている自分が居るのもまた事実なのだ。
―――海賊の全てが悪だなんて、違うと思わないか?
そう、言われた時の事を思い出す。幾ら海賊が 嫌いでも、今の私もまた海賊。そんな赤髪に慣れつつある自分が可笑しいけれども、未だに妙なむず痒さを感じている。
この感情は勘違いだ。気のせいなのだ。
だから優しくしないでくれ、とは思うのだけれど。




SHINO様、企画参加感謝致します 素敵な作品ありがとうございました。









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