彼を表現するなら、『慎重』が適当な気がする。 と、彼女は思う。頬に触れる指先、重なる唇、上がる口の端。その指は優しく、その唇は熱く、上がった口の端は色気を漂わせる。くらり、目眩を覚えた。 自分より頭2つは上にある顔は、鈍い藍色の中で月明かりに晒されいつもより妖艶さが増している。ぼんやり見上げながらそんなことを考えた。 彼は彼女に優しく触れ、深く愛している。しかし、その愛しさ故にか、彼はいつも何処か一線を引いているような気がする。それを思い出した途端、彼女はひどく不服そうに顔を歪めた。 その表情を偶然視界に入れた彼――片倉小十郎は驚いたように、僅かながら目を見開いた。彼からしたら感情の起伏が薄い彼女が、こうもありありと胸の内を表す事は珍しいのだ。 夏の割には涼しげな夜に包まれてがら屋敷の廊下を歩くふたり。彼女の表情の理由、意味を知りたく、小十郎は恐る恐るながら開口する。 「何か気に障る事でも有ったのか?」 「気に障る…、とは違いましょうね」 「は?」 先程までの不服な表情は引っ込め、相も変わらぬ表情の無い彼女に戻る。小十郎の問いに、彼の目を見つつ淡々と答えた。彼は更に意図が掴めずにいた。 そんな小十郎を尻目に、ふっ、と目を外し彼女は足を踏み出す。鶯張りの床が鳴いた。 彼より数歩先、前に出てから立ち止まる。くるりと振り返り、わざとがましく肩を竦めてみせる。案の定、小十郎は怪訝そうな目で彼女を見、眉根を寄せる。それでも彼女は態度も表情も崩さず、その鮮やかな赤に熟れた唇を動かした。 「知っていますか。臆病と慎重は紙一重であることを」 「一体何が言いてぇんだ」 「単純な答でございます」 ふらり。一つに纏められた髪が揺れた。同時に目を伏せた彼女が云う。 細く白い指が、彼女の口許に運ばれ、つう…となぜる。すると微かに口角を上げて彼女が笑った。 「小十郎様は慎重であり臆病なのですか?私の疑問にござります」 「何を…」 何処か答を確信したような口ぶりに小十郎は閉口してしまう。つまりは彼女の科白があながち間違いではないことを示唆している。 続けて彼女は言葉を紡ぐ。 「私は愛するだけで壊れは致しません。むしろ足りないと思うくらいでございます」 つつ、と、その細い人差し指を自身の胸に持って行き、小十郎に笑いかける。 月の明かりのせいか、酷く妖艶に見えた彼女の表情に彼の心臓が大きく脈打つ。しかしそうした時間もつかの間、直ぐさま近付いた距離と眼前にある彼女の笑み。見取れた隙に無くなった隙間に小十郎は思わず一歩後退りした。 だが、彼女は逃がさんとばかりに着物の袖を掴んだ。小十郎は瞬時に顔を逸らす。 ああ、このお方は真面目で優しくて真っ直ぐだ。 彼の愛を、心を感じるからこそ、全力を受けたい。この気持ちは、どうすれば届くのか。 「………小十郎様、目を逸らすなどと失礼では有りませんか?礼儀を重んじる貴方がそうで如何に致します?」 「っ、」 わざと顔と顔の距離と縮めた。小十郎がゆっくりと首を回し、彼女を見つめる。 そっと、彼女の頬を両手で包み込み、左の親指を唇に這わせる。彼の表情からは本能と理性が葛藤していると、わかるくらいに歪んでいた。 そして彼女は包む手に、己の手を重ねて瞼と閉じた。 「偶には本能に屈して乱暴に愛してくださいな」 「っ、……――」 武人らしい、武骨な手の甲に指を滑らせながら彼女ははにかみながら云う。 小十郎は息を飲み、すかさず唇を重ねた。優しく、熱を与えるように、しっかりと。 彼の顔が離れた後、嬉しそうに破顔する彼女を見て彼もまた小さく笑う。 するりと指を首、鎖骨と移動させ微かに触れる。 「誘ったからには覚悟しとけよ」 「当の昔に出来ております」 小十郎の科白に、彼女はさも楽しげに返した。 そんなに柔じゃないからもっと乱暴に愛して 烏欒様、企画参加感謝致します 素敵な作品ありがとうございました。 |