「石田くんはもうちょっと笑ったらいいのに」 折角綺麗な顔してるんだしさあ、と呟きながらも日誌を書く手は休めない。 「みょうじ、黙って筆を進めろ」 なぜ私が、すでに放課後であるというのに部活へ向かわずに教室に残っているのか。 それはすべての生徒に等しく課せられた日直という忌々しい義務のためである。 この学校では出席番号順に男女各一名ずつがその週の日直を務めることになっている。 中には放課後の仕事を片方に押し付けて早々に部活に参加したり下校するものがいるが、私は与えられた仕事を放棄するような人間ではない。むしろそのような行いを憎むと言ってもいいだろう。 そんなわけで、私は何をするでもない放課後の教室に残っているというわけである。 「あ、もう部活行っちゃっていいよ。どうせあとはこの日誌だけだし」 紙の上を滑らせていたペンを止め、みょうじはふと顔を上げた。その姿容はとりわけ美人なわけでも、不細工なわけでもない、ほんとうにどこにでもいるような平凡な女子だ。 しかし、この一週間を日直という役割で共にして気付いたことがある。みょうじはとても周囲に気が回るということだ。クラスの中で体調の悪そうなものはいないか、配布されるプリントは足りているか、教師が授業で使用する教材を運ぶのに手間取ってはいないか等、とにかく細々としたところにまで気が回るのだ。 みょうじのその性分のお蔭で、この一週間は日直として一番過ごしやすかったことも理解している。 「日直であるのは私も同じだ。みょうじひとりに仕事を押し付けて部活に行くようなことはしない」 こちらを向くみょうじから視線を逸らしてそう言うと、みょうじはありがとう、という理解しがたい返事をして再び視線を日誌へと戻した。 このやりとりも月曜から繰り返しているので今日で五回目になる。この間で日誌を書くのがみょうじ、職員室へ提出しに行くのが私という暗黙のうちの分担がなされている。 日直は課せられた役割であるから、今更面倒などとは思わないが、しかしながらみょうじが日誌を書き終えるまでの時間は手持無沙汰ではある。 はじめのうちは宿題や予習などをして過ごすのだが、一体何をそんなに書くことがあるのかというくらいにみょうじは時間をかけて日誌を書くのだ。 「…みょうじは部活には入っていないのか?」 「帰宅部だよ。前も言わなかったっけ?月曜か、火曜あたりに」 「…そうだったな」 「石田くんは剣道部だよね。凄いよねえ、インハイ常連なんでしょ?」 「偏に、半兵衛先輩のご指導の賜物だ」 「あ、知ってる。竹中先輩、有名だよね。卒業してからも後輩の指導に足を運んでくれるって、いい先輩だよねえ」 見てはないないが、みょうじが笑んだのがわかった。 「当然だ。…半兵衛先輩は立派なお方だ」 当然の言葉に語弊があるように思えて、収まりの悪さを感じながら言葉を繋いだ。 しかしちらりと目を遣ったみょうじはそんなことなどまるでお構いなしといった様子で、笑みを浮かべたまま日誌の所見欄を埋めていく。 「そういえば来週末、うちで練習試合するんだってね」 確かに、来週の土曜日、近隣の高校との練習試合を控えている。しかしなぜみょうじがそんなことを知っているのか。 「ね、そのとき見に行ってもいいかな、石田くんの雄姿!ほら、日直のよしみで」 みょうじに問いかけようと開いた口は情けなくもそのままだ。 そんな私をよそにみょうじはあっという間に帰り支度を終えていた。 「はい、これ。よろしく」 差し出されるがままに日誌を受け取った私は、「一週間ありがとね、また来週!」と言い残して教室を去っていくみょうじを黙って見送ることしかできなかった。 残された私が暫くのちに感じたことは、ただ、心悸が日頃よりも喧しい、ということだった。 虹子様、企画参加感謝致します 素敵な作品ありがとうございました。 |