安っぽい嘘はおやめになさって今はただ口を閉じたまま抱きしめて下さいな




それは酷く唐突に始まった。
つい先程まで感じていた、夢を見ている時特有の浮遊感だとか、身体を包む温もりだとか、そういった物は無い。
代わりに有るのは力の入らない冷たい四肢と腹から溢れ出る赤色、身に覚えの無い服を着た死にかけの私。口の中に広がるぬるりと熱い鉄錆の味。
周りには誰も居ない。
私は、死ななければいけない。
右手を持ち上げ頚を掻き切り、視界が消えて意識も終わる。

そうだ、私はこうやって死んだ。

理解と共にもう一度幕が開く。
色とりどりの花々を踏みしめ兵士達が槍を交わす、暖かい春の日だった。
桜の花が見頃だというのに、彼らはそれに目もくれず戦いに励んでいる。
やけに現実的なこの夢は私の考えなどお構い無しに進む。
私は武器を構えた。
風が吹いて、薄桃色の花弁が散って、私は男達の深い紅色を散らす。


「これが終わったら、花見でもしましょうか」


ざくりざくり、楽しそうに人を刻みながら彼が言った。
彼は私と同じように変わった服を着て、大きな鎌を2つ、器用に扱っている。


「なまえ、とても綺麗ですよ」


私と目が合った彼はにこりと笑んで、一人を2つに変えた。
彼が呼んだのは、私の名前ではない。
けれど、私はそれが自分の名前だと言うのを知っていて、彼の隣で小さく同意の言葉を呟いた。



「……」


窓から滑り込んだ風は冷たい。
靡いたカーテンの隙間から差し込んだ白い光が目の奥を刺した。
彼の両手をすり抜けて暖かな布団を出ると、部屋は思ったよりも寒かった。
半裸で寝たがる彼に、もう秋だからと言って無理矢理に着せた黒いシャツのボタンは殆ど外れ、服としての意味を無くしていた。


相変わらず、おかしな寝相ですね……。


彼に布団を掛け直して、足音を潜めて台所に向かう。
這い上がる冷気はスリッパ越しに足の体温を奪った。
一応目が覚めてはいるが完全に覚醒したと言うほどでもなく、立ち止まっていると徐々に眠気が戻ってくる。
まだ午前2時だ。


「……いきなり……」


闇から溶け出るようにして、彼が背後から私の肩に頭を乗せた。
腰に巻き付けられた手の力は容赦無くて、彼が殆ど寝ぼけた状態だという事がひしひしと伝わってくる。


「……いきなり、居なくならないでくださいよ……」


ぼそぼそと呟き、それっきり彼は口を閉ざした。


「起こしてしまいましたか」

「……」


肩口に頭を押し付けたまま頷く。


「申し訳ない事をしました。布団に戻りましょう」

「……」


もうひとつ頷く。
私にしなだれ掛かったままの彼を連れて寝室に戻る。
向い合わせで布団に入ると、彼は直ぐ様私を抱き寄せた。
お互いに冷たくなった足を絡ませ、彼の鎖骨の辺りに額をくっつける。いつも通り、私は抱き枕にされている気分になる。


「……珍しい、ですねぇ」

「何がですか」

「夢見が悪かったんですか?」


骨ばった手で私の髪を梳きながら、ゆったりとした口調で彼が問いかけた。
顔は窺えないけれど、きっと目を閉ざしているのだろうと思わせる声だった。


「桜の咲いた日に、あなたのそばで人を殺す夢を見ました」

「……雨が降って、花見は出来ませんでしたね」

「あんなに晴れていたのに、雨が降ったんですか」

「えぇ、沢山……」

「何故分かるんですか」

「……」


身を捩って顔を上げる。彼の表情は前髪に隠れて分からなかった。
かろうじて見えた口は、噛み締めるように閉ざされていた気がした。


「……そばに居たから、でしょうね」

「夢なのに、ですか」
「なまえ、」


彼は夢の中と同じように私を呼んだ。呼びながら、私の顔を胸に押し付けた。


「なまえ、私たちは一緒に居たんです」

「最後の時も、二人で、こんな風にして」


頬に当たる皮膚は薄氷に包まれたように冷たく汗ばんでいる。
嫌に凍えた風が流れて、私は窓を閉め忘れていたことを思い出した。






 葵咲様、企画参加感謝致します
素敵な作品ありがとうございました。



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