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喪 失(13)




「うあぁあああああああッ!」
 バーナビーは絶叫して飛び起きた。
それから月明かりに、浮き上がって見える自分の両手を眺め、両眼を見開いて、ぶるぶると震える。
何時寝た? それより この記憶はなんだ?
僕は一体、何をした? 嘘だ、嘘だ、嘘だ。 僕はこんなことしていない! 事実、虎徹さんはヒーローたちに取り囲まれていて、楓ちゃんがいて、・・・・・彼は無事だった。 僕は忘れただけで、こんな酷い事した覚えがない! 違う、違う、違う。
 僕は虎徹さんを、レイプなんかしていない。
しかもあんな、ムゴい・・・。
 それから、窓から差し込む月の光の中、傍らで死んだように眠る、虎徹を見た。






 医師から衝撃的なことを告げられてから早1週間が経とうとしていた。
しかし、バーナビーには全く心当たりがなく、結局思い悩んだのは最初のころだけで、今はもう忘れかけていた。
虎徹さんの妄想だ。
そうに違いない、そうでなければ困る。
そして虎徹がそういった妄想に囚われているのなら、このままじっといつかの接点を探して待つしかない。
そうバーナビーは自身を納得させようと努めていた。
幸い、虎徹は従順だった。
カウンセリングで医師に言っていたことは、実は幻聴じゃないのかと疑うほど、虎徹はバーナビーに逆らわず、ただ気になる事は更に無口になっていたことだった。
 彼は文句も言わず眠剤を飲む。
情事が終わった後、無言でバーナビーが差し出す水と薬を口に運ぶ。
ぐっすり眠れます。 
そして僕はあなたに酷いことはしません。 約束します。 忘れません。
どうか、虎徹さんも早く僕を思い出してください。
 そういうと、胸が痛くなるような笑みを浮かべて、虎徹は頷くのだ。
そうだ、このままでいいじゃないか。
いつか思い出してくれるかも知れない。
そしてこのままバーナビーでいいじゃないかと。
そんな矢先、見たこの夢は。

 ぞっとした。
とにかくぞっとした。
虎徹が従順になった理由。
それは、徐々にでも打ち解け、自分を信頼するようになってきたからだと思っていた。
でも違うと、唐突に理解した。
 虎徹はもう、自分自身で思考することをやめてしまっていたのだ。
自分と虎徹の間にある真実。
それは、あまりにも断片になりすぎていた。
この時、同時に気づいた事実。
自分は、虎徹が全て間違っていると思っていた。
でもそうではなかった。
 やはり、自分自身も間違っていたのだ。
バーナビーも、まだ忘れていることがあった。 
欠落している部分が。
忘れていた。

「そ、んな・・・・・・」
 自分は潔白ではなかった。
そう、虎徹は自分を恐れるだけの理由がある。
怖い、恐ろしい、痛い、苦しい、助けてバニー。
 夢の中、いや認めよう、今思い出したその記憶の中、血反吐に蹲る虎徹の姿があった。
濡れたようにそこだけ光って見える金色の瞳が濁っていて、それでも最後の最後まで、虎徹はバーナビーを信じたのだ。
なのに裏切った。 最初に裏切ったのはバーナビーだったのだ。
むしろ、思い出した振りをして、弄んだ。 虎徹にしてみれば残酷な遊びを繰り返した。
あの時バーナビーは本気で、自分の唯一の身内とも言える人を殺した存在を、出来るだけ長く惨く苦しめることしか考えていなかった。
普段の自分ですらなかった。
コントロールされていた。 残虐な子供に、情けも容赦も無い、遊びに興じる子供に、バーナビーはマーベリックの手で変貌させられていたのだ。
バニーと必死に呼ぶ虎徹に、僕はバーナビーです、と嘲笑した。
何度も何度も、彼がバニーと呼ぶ度に、その声を悲鳴に変えてやった。
バニーを否定し、自分とは違うと言い切って、虎徹に刷り込んだのは、自分自身だったのだ。

「誰だか知りませんが、バニーなんてふざけた名前、そんな知人僕にはいない。 ましてやそれが僕だって? 馬鹿にするのも程がある。 その可愛いバニーちゃんを探しに行ったらいかがです? 決して見つけられはしないでしょうけど」

その時、虎徹の目に浮かんだ紛れも無い絶望と、狂気、これはバニーじゃない、バニーじゃない誰か別人なんだ、そう虎徹自身が納得し、信じてしまったあの瞬間、 そう仕向けたのはバーナビー自身だった。

それを今更、あれはマーベリックのせいで、自分の罪咎ではないと弁明してなんになろうか。
あんな惨い目に会わされた虎徹の、何の慰めになるというのか。
むしろ、更に絶望するだろう。
 実際虎徹は絶望してしまったではないか。

恨んだろう、悲しんだろう。 実際泣いて喚いて懇願すらしたその男の嘆きも絶叫も、バーナビーは笑って無視したのだ。
絶望しろ、むしろ死ね、このまま壊れてしまえとバーナビーは罵ったことを思い出した。
 虎徹の差し伸ばされた手がぱたりと落ちて、ただ、はらはらと涙が床に散った。
声も出なくなるほど、彼を責めさいなみ、嘲笑を繰り返した。 罵倒した、お前は生きている価値が無いと罵った。
 その癖、彼の身体だけは愉しんだ。
あの時の、彼の絶望をどうして忘れていられたのだろう。

 嗚咽が止められなくなった。
ごめんなさい、ごめんなさい。 本当にごめんなさい。
本当は、あなたに傍にいてもらえる資格すらなかった・・・。
なのにまた、僕は、あなたにこんな酷いことを強いて。
だけど、僕はあなたが好きだ。 手放したくない。

 これでいいのだろうか?
駄目に決まってる。
バニーを諦めさせて、バーナビーに服従させて、いいわけがない。

いいわけがないのだけれど・・・。



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