Novel | ナノ

パシフィック・リム  <10>約束(2)


 ロトワングは呆然とそれを眺めていた。
怪獣に追い詰められ、シェルターの中でもはやこれまでと覚悟して。
だが「ワイルド・タイガー」が駆けつけてくれたお陰で助かって、やれやれと思っていたら物凄い爆風。
「ワイルド・タイガー」が墜ちてきた衝撃波だということが後から解ったが、それとは別にロトワングの居たシェルターの近くには怪獣の死体が降ってきた。
 散々だ! ああ散々だ! なんで私がこんな目に! とシェルターからどろどろになって這い出て勘弁してくれと泣いて。
きっとこれは村正の呪いに違いない。
 私は全く関係なかったのに! 関係あったのはあの斉藤の方だろう?! 虫も殺せない顔をして、斉藤は一枚噛んでたんだろう!
私ばっかり、私ばっかり、私ばっかりこんな目に!
 余りにもありえないことが連続で起こりすぎて真っ白に燃え尽きていたが、怪獣のバラバラになった死体が次々と地表に落ちてくるのを見てもう笑うしかないと思った。
 我に返ったトロワングは取りあえず怪獣の死体の位置をPDAに登録し、斉藤を呼び出した。
果たして罵倒してやろうと思っていた斉藤は飄々とした声で「生きてたのか良かったね」とそれが第一声だったものだから、ロトワングはついに爆発した。
「何が大丈夫だ、酷い目に遭ったぞ!」
「でも実際大丈夫だったじゃないか」
 斉藤は直ぐにスタッフを送るといった。
「それでどうだい? 新しい脳は手に入りそうかい?」
「こんなぐちゃまらで判るもんか」
 「ワイルド・タイガー」が念入りに殺してくれたんだろうよ、少なくとも身体が四つに分断していると伝えると、斉藤は「ふむ」という。
「サブの脳でもいいんだけど、なんにしても私には判らないよ」
「サブ脳がありそうな部位だけ一応選定しといてくれないか。私も向かう」
「君も?」
「うん」
 あまり時間がないからね、今回は私も協力するって言っただろという。
ロトワングは本気なのかと言った。
「私と、イェーガーみたいに二人で今度は怪獣とドリフトしようと?」
「村正と約束したからね」
「君もか?!」
「私は別に脅されてないよ?」
 なんでだとロトワングは毒づいた。
「私はその実験には立ち会ってないし、関係もしてないんだ! ただ怪獣がどこから送り込まれてくるか、それを知るためにドリフトの技術は使えるんじゃないかとそういっただけなのに! あいつら事実ドリフトシステムと同じ技術を通信に転用してるんだぞ! 怪獣のテレパシーの仕組みはまんまドリフトなんだよ!」
「それって本当かい?」
 斉藤はまたふむといった。
それからロトワングは自分ばっかり酷い目に、村正は悪魔のような男だったと散々っぱら文句を言うので斉藤はそういうんじゃないよとぽつりと言った。
「村正は弟思いなだけの普通の男さ。君が虎の尾を踏んだだけなんだよ」
「だけど、本当に私は関係ないんだ!」
「本当に? 全く?」
 斉藤は溜息をつく。
「君が手にしてるその多人数同時接続型のドリフト実験の結果は本当に君が望んだものじゃなかったのかい? その理論提出して実験の必要性を説いてたのは君だろう?」
「ああそうともさ! これが可能なら根本的解決になるじゃないか。まず怪獣がなんなのか、どこから来るのか知らなきゃ! 実際判ったじゃないか、私は怪獣のサブ脳とドリフトした! ちゃんとあいつらのネットワークに参入できたし、これだけのデータを持ち帰ってこれたんだ!」
「でもそれってさ、ドリフトするための限界設定が出来てるよね。安全装置がついてるよね? じゃあその基準ってどうしてできたのさ」
 ロトワングは唸る。
「だけど、そりゃそんな実験、勿論最初の段階だってそんな、人が死ぬような――」
「今の人類にそんな余裕があると思う?」
「・・・・・・」
 だからこそのてめーがやれ、なんだよ、そのデータは村正にとっては焼き捨てたいぐらいの最悪なものなんだ。それでも怪獣を倒すという目的の為だけに、涙を呑んで消去しないでおいてくれたんだよ。
まあ、君は運が悪かったね。
「・・・・・・」
 ロトワングは確かに無神経だったよ、村正には感謝してるところもあると渋々認めた。
「とにかく今回は僕も参加する。そこに僕が探してた答えがある筈だから」
「君の約束はなんなんだい?」
 ロトワングはじゃあ新鮮な脳が手に入ることを祈って、ドリフトマシンを二人分持ってきておくれと指示しながらそう聞いた。
斉藤はさあね、と笑う。
「まあでも間違いなく、君とはまた違った約束だよ」



 バーナビーは一人自室で目を覚ました。
最初はぼんやりとしていたが、やがて脳裏に響く虎徹の声。
――謝って済むと思うなよ!
 はっと意識が明瞭になってそれこそ反射的にベッドの上に飛び起きた。
陸上競技のあれ、まさにスターティングポーズで。
 それから「あれ」と言った。
自分が抱きつぶしていると思っていた虎徹の身体はなく、あるのは自分のベッドの薄い毛布だけ。
 何が何だか判らず混乱したが、自分はあの後気を失ったのかと気づいた。
それで誰かがここへ運んでくれたのだろう。
「・・・・・・」
 まさか虎徹さんじゃないよな?
自分がこうなのだから、虎徹ならそれ以上消耗していた筈だ。
大体なんで自分が虎徹を抱き上げようと思ったかと言うと、虎徹が先に立てなくなったからじゃないか。
 よって自分は悪くない。多分。
ということで起き上がってバーナビーは時計を見た。
もう午後一時になるところで、「ああ」と呻く。
 まあでも今日は容赦してくれるだろう。
実際起こされなかったということは、事実上今日はフリーで体力回復に努めろということ。
 イェーガーも昨日の今日で調整が済んでいないだろうし、イェーガー整備班は今頃目の回るような忙しさだろう。
「ワイルド・タイガー」と「ルナティック・ブルー」の潜水対策、相手はチャレンジャー海淵だ。
海淵の上から爆弾を投下するとしても最大二千メートルの水圧、そこでの戦闘に耐えられるようにしなければならない。
 自分も必要なら整備に参加しようかなと思ったとき、ドアをノックする音がした。
もしや指令かもと思い慌ててドアに向かうと、ドアスコープから覗いてみるとちらと黒髪が見えた。
この基地の部屋は各自独立するパーツの組み合わせでできている為、どうしてもドアから地面の距離があく。
其の為ドアの下に階段状にブロックを設置してあるのだが、この人物は一番下のブロックに立っているのだろう。
「虎徹さん?!」
 慌ててドアを開けるとなんだかそっぽを向いて、頬を左人差し指で掻いている虎徹が「ほら」と昼食のトレイを差し出してくるのだ。
「お前来ないから。ブース夕食まで閉めるっつーから持ってきてやったんだよ! さすがに起きんだろって思って」
「ありがとうございます・・・・・・」
 トレイを受け取って暫し呆然としてしまった。
虎徹も暫くバーナビーの顔を見上げていたが、「じゃ」と右手を上げてそのままくるりと背を向ける。
バーナビーは思わずその後ろ姿に「一緒にお茶でも如何ですか!」と声をかけていた。
「あ?」
 訝し気に見上げる金鳳花色の瞳。
「あ、あの・・・・・・、お体の方は――」
「大丈夫。イェーガー乗った後は皆あんな感じ」
 調子悪いならそのトレイ、俺が返しとくから後で外に出しといてと言うが、バーナビーは大丈夫ですと返した。
「じゃ」
「で、お茶――」
 三度虎徹は振り返る。
「何、そんなに俺とお茶したいの?」
「はい」
 素直に言うと、虎徹はふーんと言ってじゃあとブロックを登ってくる。
バーナビーは少し避けて虎徹を部屋の中に招き入れた。
 バーナビーはテーブルの方に虎徹を案内し、椅子を勧める。
それからキッチンにいってお湯を沸かし、二人分のインスタントコーヒーを淹れた。
一つを虎徹にもう一つを自分の前に置いて、「自分は食事をしても?」というと虎徹が頷く。
 それから虎徹はコーヒーを啜りながら、バーナビーが黙々と自分の前で食事をするのを眺めていた。
「体の方大丈夫か? どっか痺れてるところとか、なんかヤな夢見たとかない?」
「あ、はい、大丈夫です」
 バーナビーも食事を大体お腹に収めてコーヒーを啜りだすと、虎徹がそうテーブルに頬杖をついたまま言う。
目を瞬いて、なんだか首を傾げて聞いてくるその仕草に微笑んでバーナビーは昨日はすみませんでしたと謝った。
「ああ」
 もう別に怒ってやしないけど、ああいうのはやめてくれよと虎徹は言う。
「危ないんだ、イェーガーを降りた直後は平気なんだけど暫くすると足にくることがある。個人差あるけどドリフト解除後に神経が元に戻ろうと脱力するのよ。俺は割と慣れてるんでそうそう腰砕けたりしないんだけど、昨日はちょっと搭乗時間が長かったからさ」
「気を付けます」
「ま、こん次で終わりだろうけど」
「そう、――そうですね・・・・・・」
 バーナビーはそこで言葉を途切らせる。
この人と最後に何か話したかった事があったのだけれど、こうして虎徹を前にすると何を言いたかったのかなんだか判らなくなってしまった。
ただ、ひしひしと穏やかな喜びが身内から湧いて出る気持ち。どう言っていいのか、ちょっと先にあるテーブルの上の虎徹の指、その爪の先から何か暖かなものが浸透してくるような気がしていた。
 ドリフトで繋がると、精神変化が現れるものが多いという。
自分では良く判らなかったが、どうやら自分は変化した方らしい。
皆から近頃丸くなったね、とか優しくなったね、とか言われるようになった。
もしそれが本当なのだとしたら、これはきっと元来虎徹の持っていたものの影響だ。
魂を交換する作業だと人は言う。それを行える人は稀だという。
ドリフトへの才能を持つ者はNEXTと呼ばれるが、それは他者を自分の中に迎え入れて他者の分の記憶まで所持できるキャパシティを脳が物理的に備えてるということでもあった。自分にもその許容する力はあるのだろうが、恐らく虎徹のそれは信じられない程大きいのだろう。
そしてドリフトを行うバディは、親子、兄弟等血縁関係者に続いて、夫婦、恋人、友人同士等と続くらしいが、こと恋人に関してだけは元からそういう人を選んだのではなく、バディとして組まされてからなったものだと心当たる。
 どうしようもなく惹かれてしまうのだ。
宝鈴とイワンも元は単なる予備パイロット同士だったと聞く。だがドリフトして離れがたくなったのだ。何故ならそれは自分自身でもあるのだから。
自分自身を愛するように人はバディを信頼してしまう。その信頼の延長上が恋愛関係なだけなのだと。
 虎徹の目が自分を見定めるように見ていると思い、自分の思考に顔が赤くなるのを感じる。
多分こんなの虎徹は幾度も経験済みで、当たり前の事なのだろうけれど。
「ドリフトしていると、言葉になんかしなくてもいい、と思ってしまう」
 ぽつりと虎徹が言った。
「でもそれは危険な行為だ。なんでも判ってる、お前の事なら、そう思い込んでしまうことに繋がるから」
「虎徹さん」
「初めてのドリフトも危険なんだけれど、その後も結構問題があるんだ。親族ならまだ少し弱いんだけど、全くの他人だとさ、どの記憶も目新しくて自分には全くないものだから強く深く追いかけてしまいがち。それとそんなに大したことがないのに、凄い宝物みたいに思っちゃうことがあるんだよ。だからバニー、俺の記憶が素晴らしく輝いてみえてもそれに惑わされるな。それはただの記憶だから」
「そんな!」
 でも見透かされたと思った。
確かに僕は虎徹さんの記憶に圧倒されて、その気持ちや考えたこと感じた事、全部自分のものみたいで、自分のもので、それが素晴らしくてもうどうしようもないぐらい好きで。でもそれはドリフトの副反応なんだと知識では知っていても惹かれてしまう。
 意気消沈したのが伝わったのか、虎徹がそっと自分の右手を自分の右手で握ってきた。
ぎょっとして顔をあげたら、ばっちり目が合って、そしたら虎徹は笑っていたのでホッとする。
 虎徹は言った。
「だから、任務を果たして帰ってくることが出来たらさ、いっぱい話そう。俺らが本当にやりたかったこと、それをやる為に。まあそれを言いたくて今茶をしに寄った訳だけどさ」という。
 明日は作戦のシミュレーションをシミュレーターで行う、ユーリとも簡易ドリフトして情報交換しておこうと思うと虎徹は続け、バーナビーに今日はゆっくり休めといってトレイを回収して出て行った。



 虎徹とバーナビー、ユーリとオリガには知らされなかったが、その日の明け方斉藤とロトワングが帰ってきた。
市街に落ちたオオタチの死体の調査に行き、そこで大変な事実を入手したという。
オオタチの身体は四つに分断されており、成層圏からの落下の衝撃で脳もサブ脳も破損してしまい使い物にならなかったのだという。
憔悴しきってあまり喋りたくなさそうな斉藤と違って、多分ドリフト酔いしてるのもあるのだろうが、ロトワングは興奮しっぱなしで自分が体験したことを誰かに全部話さないと気が済まないようだ。
レジェンドは対照的な二人からラボで膝を突き合わせての報告を受ける。だが報告された内容は環太平洋防衛軍にとってあまり芳しくなかった。
「あの海溝の裂け目――ポータルはいつでも開いてるわけではない。ただ、怪獣がこちら側に出てくるときには開いていると思われる。実際その情報は前回ロトワング教授がドリフトして得たものと変わらなかったんだけど、一つだけ問題が」
 斉藤がそういうとロトワング教授が口角から泡を飛ばす勢いでレジェンドに言った。
「あのポータルは怪獣だけ通すんだ! まるでスーパーのバーコードスキャナーのように、怪獣の遺伝子を入り口でスキャンして選んで通してる! だからそのまま爆弾を投下しても絶対にポータルの内部には入れない!」
「ではどうしろと?」
 そうレジェンドが聞くと、斉藤とロトワングの声がハモった。
「爆弾を怪獣と思わせなければならない! イェーガーを怪獣と誤認させて――怪獣の死体を抱きしめるなりして一緒に内部に入ってから、爆弾を投下し、脱出する、という工程が必要になる」
「成程」
 では、ポータルに怪獣が出現したことを見計らっていくしかないのか。
レジェンドは溜息をつく。
「出来れば怪獣と深海では戦いたくなかったが――」
「次の出現時にポータル前方で倒してそのまま突入するのが現実的かな」
「だが二匹だ! 絶対二体以上現れる! 「ワイルド・タイガー」だけでは荷が重いんじゃないのか?」
「しかし他に手がない。彼らにはなんとしても「ルナティック・ブルー」を守って貰わなければならない。例えそこで二人が戦死したとしてもだ」
「二人とも覚悟はしてるだろうけど・・・・・・」
 斉藤が顔を曇らす。
レジェンドはロトワングに顔を向けた。
「ピットフォール作戦についての変更は了解した。なんにしても今日一日はパイロットにはこの件は話さない。ロトワング教授、向こう側の情報が手に入ったのなら詳細を報告し、我々にも――残った人類にも扱えるように保存しておいてくれ」
 勿論手に入れたのだろうと聞くと、ロトワングはがくがくと頷いた。
「大変怖い体験だったよ。あの怪獣は妊娠してた――あの怪獣の子供は生まれるなり私を食おうとしたんだよ! 生まれる前から情報を共有してるんだ、生まれる前からドリフト状態なんだよ、あの生物兵器は! こちら側で経験したことはまだ生まれてもいない怪獣にフィードバックされている――凄い技術だよ、超技術といっていい。アンティヴァースに住む彼らは地球人よりも数段進んでる。いや地球に生命が発生する以前からずっとある文明で、惑星を侵略して生きてる。一つの惑星の資源を食いつぶすと次を選定して移っていく。地球にも昔来ていた。恐竜時代。だが、当時は環境が彼らに合わなくて諦めた。そして待ったんだ、――人間が生まれ文明が出来て大気汚染によって彼らが棲める環境が整ってきた、だから帰ってきたんだ」
「彼らを呼び寄せてしまったのはつまり、人間の自業自得だってことだったのさ」
 斉藤は皮肉だね、と薄く笑う。
「今回のドリフトで、やつらはどれぐらいでこちら側にくる?」
「五日以内」
 ロトワングは言った。
「どうしようもない、ドリフトは双方向だから。私と斉藤が「彼ら」とドリフトしたことによってより一層、彼らは早くこちら側に来るだろう。ピットフォール作戦の事も当然知ってるよ」
「整備にはどれぐらいかかる?」
 これは斉藤に聞いたこと。
「最大限急がせて、三日、ってところかな」
「了解した」
 レジェンドは立ち上がりラボから一人退出する。
それからその扉の前で一人両手を握りしめた。



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