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パシフィック・リム  <6>インターバル


<6>インターバル


 ロトワングは怯えていた。
「自分は消される」
 斉藤は慰めるように言う。
「次は私も協力する」
 ドリフトとは相互間だ。
こっちとあっちと、自分が知れば相手にも知れる。
プリカーサーという存在をこちらが知り得たように、相手側にもここが、最後のシャッタードームであるということも、拠点が「シュテルンビルト」であることもばれてしまった。
世界中の主要都市を無視して、今度の怪獣はシュテルンビルトを目指すだろう。
「新しい脳が必要だ」
 斉藤がそういうと、ロトワングは「どっちがマッドサイエンティストなんだ」と文句を言った。
「勿論キミさ」
 斉藤はキヒっと笑った。



 ピットフォール作戦。
虎徹とバーナビーの「ワイルド・タイガー」チーム、宝鈴とイワンの「ドラゴン・サイクロン」チーム、オリガとユーリの「ルナティック・ブルー」チームが怪獣の出現ポイントであるャレンジャー海淵に向かい、次元回廊に直接爆弾を投下し破壊するという作戦だ。
「君たち三機のイェーガーが人類最後の希望だ。例の裂け目に向かい、異次元回廊を破壊する。「ワイルド・タイガー」「ドラゴン・サイクロン」の二機が「ルナティック・ブルー」のフォローに当たる」
「質問していいですか?」
 虎徹が右手を上げた。
何しろ自分は今日初めて作戦について打ち明けられたからだ。
今集まっているメンバーは全員それを知っていて自分だけが知らないのはなんだか凄くずるいなあと思うのだ。
自分には覚悟する時間すら与えられなかったと。
「前に一回俺、それに似たようなことしたことあります。裂け目に爆弾落として埋めちゃえば怪獣出てこなくなるんじゃねえのって、兄貴と」
 でもその時爆弾弾き返されたんすよね。なのであっこれ、いつも開いてる訳じゃねーんだなって。それともあれ投下場所間違ってた?
「それは今から説明する。まずは聞いて欲しい」
 そうレジェンドに真摯な瞳で見つめられ、虎徹は黙った。
実際もうバーナビーとのドリフトで、どうしてバディが決まるまで自分には知らされなかったのか、その理由も知っていた。
バーナビーとドリフトしたときに、バーナビーの、いや、俺自身の『頭』から。
そう、レジェンドはこの作戦が失敗し、三機とも失われてしまう最悪の状況を想定していたのだ。
 もしも、もしもだ、この作戦が失敗し、イェーガーが全て失われたとしても、イェーガーならまだ建造できる。
建造できるスタッフなら残っている。
 だがNEXTの選定は厳しく、基準を満たせる者はもう殆ど戦死して残っていなかったのだ。
残すのに最もふさわしいパイロットを最低でも一人、それも熟練者がいい――本当に最後の切り札として生き残らせよう。
そしてそれが本当に最後の一枚だ。もしそれで人類が滅んだとしても、今度ばかりは力不足を認めよう、と。
 そうして残すパイロットの筆頭に上がったのが虎徹だった。
何しろ虎徹は、「一人でイェーガーを操縦して生還した」全人類見渡してもたった二人きりしか存在しないNEXTだったからである。
初代がレジェンド、だからこそ彼は伝説と呼ばれたのだ。虎徹にもレジェンドと呼ばれる資格がある。
 そして更に虎徹の資質――バーナビーは「他者に隷属することが出来るNEXT」とかなり失礼な称し方をしていたが、正確には「精神接続の際、許容圏が現時点確認されているNEXT中最大値」であることから、「相手を限定することなくイェーガーコントロール可能数値までドリフトが出来る」という特性を持っていたのである。
 相方の性能によってどうしても性能差が出てくるのは間違いないが、「一人でもイェーガーを動かせる」上に「NEXTであれば取りあえず誰がバディであってもドリフト出来る」という才能は稀有であり失い難い特性であった。
「最良のバディが見つからなかった場合、君を残すつもりだった。そしてバーナビーは第六世代機の構想を持つ、イェーガー開発者でもある。だから彼には我々が失敗した時の為に 司令官兼技術者として環太平洋防衛軍(PPDC)が再起する為にもここに残って貰いたかったのだよ」
環太平洋防衛軍(PPDC)は ロトワング教授が怪獣の補助脳とシングルドリフトした時に「あちら側」――アンティヴァースとロトワングは称した――の情報をいくつか入手することに成功し、そこからある程度未来予測が出来るようになっていたのだ。
 バーナビーもそれを知っていた。
だが、パイロットとして打って出るべきだと思っていた。
二度目のチャンスはもうないのではないか・・・・・・バーナビーは独自にそう分析していた。
まだ確定ではないが・・・・・・、って怪獣とドリフトしたって?!
 それをバーナビーの心の中から拾いだした時、虎徹は正直「何やってんの! 死ぬよふつう!」と本気で驚いた。
でも同時になんでプリカーサーやら生体兵器やらを予想ではなく確信的に知っていたのか、その情報の出所をこれならばと力いっぱい納得したのだった。
「だが怪獣の脳とのドリフトにより得られたデータをより詳細に斉藤君とロトワング教授が解析した結果、二度目のチャンスはほぼない事が判明したんだ。最後まで悩んだよ、――何故なら」
 バーナビーも虎徹君も、私にとっては息子同然な存在だったのだから。
「こんな時代に、こんな風に責任を押し付け君たちを使う私を許してくれ」
 いいえ。
虎徹は首を振った。
「俺、バディが見つかって良かったと思ってます。バーナビーが居てくれてよかった。じゃなきゃ指令、最悪一人で「ワイルド・タイガー」に乗るつもりだったんでしょ? そうでしょ?」
 そんな無謀な事、させなくて良かったって俺ホントに今嬉しいんです。
「やりましょう」
 虎徹は頷いた。
「それがどんなに遂行しがたい任務だとしても最後まで諦めず」
 その後レジェンドの口からピットフォール作戦の詳細がパイロット全員に語られた。
「「ルナティック・ブルー」に千キロの熱核弾頭を運ばせる。破壊力はTNT火薬120万トン分だ。他の二機がルナティックを援護する」
 イェーガーパイロットたちの視線を全て受け止めてレジェンドは強く言った。
「今度こそ、人類は勝利する。彼らの侵攻をここで阻止するのだ」



 パイロットスーツを着脱するのはディスパッチルームというイェーガー搭乗待機室である。ここにはパイロットの他に整備士なるものがやってきて色々世話をしてくれる訳だが、何故かというとスーツがそもそも一人で着れる代物ではないからである。其の為ディスパッチルームは各イェーガー搭乗ゲートと直接ドッキングしている仕様だ。
だがシミュレーターの場合は特にパイロットスーツを着る必要がないので別に男女共有のロッカールームが存在しており、そちらで上着や小物などを預ける事が出来るようになっている。バーナビーと虎徹のように上着を訓練用に別に用意していて着替える者もいることはいるのだが、元来どんな服を着てようがドリフトシミュレーションにはあまり関係がない。でも大抵のパイロットはなんとなく薄着になった。
そんなわけで最終作戦発動時までの残り一週間、「ピットフォール作戦」のシミュレーションを三機のイェーガーチームは行っていた。
どれだけ訓練していても恐らく万全という訳にはいかないだろう。
「なんかそうなんじゃないかなって思ってたけど、アイツらホントに宇宙人なんだ」
 俺宇宙人っつーかエイリアンが攻めてくるなら宇宙からなんだと思ってたよ。
「見る方向が違ってましたね」
 バーナビーはロッカーを開けるなり色々雪崩を起こして「だっ!」と言って屈み込んだ虎徹の背中に言った。
「次元回廊か――・・・・・・まーでも確かに地球の外にワープするよか内部に直接ワープした方が早いもんな。どうせそこまでワープできる技術があるんなら」
「あの裂け目はワープとは違う技術かと思いますが」
「そういえば、初日にさ、ロトワング教授と斉藤さんが怖い事話してたな」
「なんですか?」
「なんか次来るのは二体で、そのうち三体になって、四体になって同時に怪獣が出現するようになってどんどん増えていくって」
「ああ」
 まあそうなるでしょうねえとバーナビーは頷く。
「でももっと怖いのは時間なんです」
「怪獣時計? 確かに早まってるよな。最初は半年ぐらい間開いてたけど、近頃三週間間隔になってるよな」
「多分今回の周期は二週間なんじゃないかって、まあロトワング教授の計算なんですけどね。となるともう一週間あるかないか・・・・・・」
「そか、その計算だと最低でも五日後にピットフォール作戦を行わないと行けないのか」
「怪獣が出現するのを大体予測してその場で待機する。出てきた怪獣とその場で僕らと「ドラゴン・サイクロン」が押しとどめ、その隙に開いているゲートから爆弾投下、怪獣と絶対戦うことになるのでかなり難易度が高いですね。水圧もありますし」
「深海戦闘か・・・・・・コックピット破損したら即、死ぬわな」
 よいしょと立ち上がりながら虎徹が言う。
「でもこの怪獣時計が一番怖いところは、そうやって短縮してる時間、計算上半年後には四分間隔になるってことなんですよね」
「四分!」
 虎徹はお手上げだーと笑った。
「そりゃあ、俺とお前を残してもらってもどうしようもなかっただろうな」
「でしょう?」
 お前がパイロットに拘った訳が判る気がするよ、と虎徹はバーナビーを見て舌を出す。
「でもこんなの、やっぱ最初に教えておいて欲しかったな〜」
「貴方をここに呼ぶって決めた時点でロトワング教授が入手した情報の解析が完全に済んでなかったんですよ。実際最終報告貰ったの三日前ですし。先々週までは斉藤さんも、虎徹さんを環太平洋防衛軍 (PPDC)のシェルターに残すつもりだったみたいです。それこそ嫌がったら無理矢理冷凍睡眠させてでも」
「マジで?!」
「でもその後試算結果が出て――それで虎徹さんを「ワイルド・タイガー」に搭乗させるつもりになったみたいです。レジェンド指令はそれでも最後まで悩んでました。そちら側の作戦はピットフォール作戦失敗時の保険でもありましたから。まあ貴方にバディが決まらなかった場合はなし崩しに貴方をここに残すつもりだったんですけどね」
「お前と一緒に?」
「ええ」
 ふーん。
虎徹がシミュレーション用の極薄い素材でできた上着をロッカーの中に戻し、いつもの制服の上着に袖を通す。
「つーかさー教えてくれなくてもそれは最悪いいよ。問題はシミュレーターでのドリフトを許可してくんなかったことだよ。イェーガー接続しての俺らぶっつけ本番だったんだぜ? 先に模擬でもなんでも一回ドリフトしてたらさお前もあんなウサギ追いしなくて済んだのに」
 あれ一歩間違うと大変なんだぞ。ウサギ追っかけてそのままおっ死んだやつ、マジ多いんだからな。
俺が知ってるだけでも六人はいるんだぜ? ほんとそこだけは俺まだちょっと指令に怒ってんだよな。
「それはでも仕方がないです。ドリフトは相互間だから、シミュレーターの簡易ドリフトでもこの情報は貴方に筒抜けになってしまう。特に連日この問題で貴方以外の環太平洋防衛軍 (PPDC)ピットフォール作戦メンバーは打ち合わせをしてましたし、記憶がどうしても一番表層に浮かんでしまっている。このピットフォール作戦の事を知った時点で貴方なら絶対俺がやるって言ったでしょ?」
 バーナビーが寂しげに目を伏せながら、でも微笑してそういう。
養子であるバーナビーがそういうのだから、俺には何も言うことはないのだと、虎徹はぎゅっと手を握りしめた。
「俺にとってもレジェンドは恩人だもん。俺の両親はサンフランシスコで死んじゃったけどさ。東京の時は普通にシャッターに逃げただけだけど」
 それに俺にはその後兄貴が迎えに来てくれた。
「正直僕、今更みたいに貴方とドリフトして後悔してることがあるんです」
「何よ」
「貴方、お兄さんが迎えに来たとき、本当に嬉しかったんでしょう? 嬉しかった、判ります。あの瞬間、村正の為ならなんでもしよう、命すら賭けようって――兄貴はそれをとても悲しんでいたけれど、僕は歓喜してた。それ程僕は――虎徹さんはお兄さんを大切に思ってた。あんまりそれが幸せ過ぎて、綺麗すぎて目がくらむ程です。貴方はそれを失った。僕馬鹿みたいに最初のドリフトの後、救護室の後の話ですけど――あの夜自分の部屋に戻って滅茶苦茶泣いちゃったんですよね。だけど僕は――鏑木虎徹は長い事泣けなかった、人って本当に複雑だ。こんなに悲しいのに、こんなに痛いのに、貴方は一年以上泣けなかったんですね。みんなみんな判ってしまいました。だって僕自身の事でもあるんですから」
 なのに涙を流すのもこんなに泣くのも僕だけだなんてホントに貴方はずるい。
「貴方だけは生き残らせてあげたかったな。兄さんの望みは僕の望みになりました。僕が貴方のバディになりさえしなければ、貴方を残すことが出来たのに。貴方をバディに得られて嬉しい。でも悲しい。こんな痛みを抱えて兄さんはイェーガーに乗っていたんですね」
「ちょっとやめろよ、俺まで泣きたくなるだろ!」
 ばっと虎徹は身を翻してバーナビーから距離を取る。
それから右腕を顔に持っていくと、それをぎゅっと自分の顔に押し当てた。
 つつつっとバーナビーが面白そうに寄っていく。
それから虎徹の右腕を掴んで「もしかして泣きそうです?」と言った。
「やめろよ、見んな!」
「泣いちゃえ」
「何いってんだよお!」
 目頭を赤くして、でも必死に涙を流さないようにぎゅっと瞑ってごしごしと腕で乱暴に擦る。
バーナビーはその様子を見て優しく笑った。
「誰もバカにしませんよ、揶揄ったりもしませんって。それに僕が泣いたんだから、貴方も泣くべきです」
「なにそれ、怖い! お前時々すげえ怖ぇんだよ!」
 そんな風にすったもんだしていたら、ロッカールームにイワンと宝鈴がやってきた。
ロッカー室の角っこで、何やらもみ合っている二人に興味を持ったらしい。
そしてどうやら日本人の方は泣きそうだ??
「何してんの?」
 宝鈴が寄っていく。
イワンが宝鈴やめてあげて、と少し慌ててその肩を掴んだ。
「えーっと鏑木虎徹、だっけ。呼びにくいからタイガーでいい? なあに? タイガーを泣かせる会とか?」
「そういう訳じゃないんですが」
「だあああああああッ、チックショー!!」
 覚えてろよバカバニーッ!
 なんとかバーナビーの手を振りほどくと、虎徹は身を翻して脱兎のごとくロッカールームから逃げ出していった。
「あっ、ちょっと待って下さいよ!」
 その後を、凄く嬉しそうなバーナビーが追いかけて行って、イワンと宝鈴はきょとんとそれを見送る。
暫くして宝鈴が心底不思議そうな顔でイワンにこう言った。
「ドリフトってさ、不思議だよね。ドリフトした後に、ほら、性格変わっちゃう人いるじゃない? あれってどういう作用なんだろうねえ。それでさ同時に、すっごく距離近くなるバディと、すっごく距離取るバディってその後が別れるよね?」
「そ、そうだね」
 イワンは笑って照れた。
「そ、そうだね、うん。その通りだ」
「バーナビーは優しくなったね。とても優しくなった。ボク勝手にバーナビーには悪いけど、彼の性格じゃバディ見つからなくてイェーガーに乗れないだろうなあって思ってたんだ。でもいい方向に性格変化起こしたみたい。タイガーってバーナビーにとって、ホントにぴったりくるバディだったんだねえ」
 そういうのはね、宝物になっちゃうからね、こんな時になんだけど、辛いけどホント良かったね、って。
それを聞いていたイワンは、宝鈴を後ろからそっと抱きしめた。
「僕にとっての宝物は宝鈴、君だよ」



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