Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(28)


 マディソンが目覚めた。
その眠るベッドの傍らに引き入れられたのは、闇市場で最も高値で売り捌かれ、ミッドイーストエリアの富豪の豪邸で密かに飼われていた一角獣。
本国がNEXT国際条約違反を盾に圧力をかけて押収したものだった。
 マディソン症候群の一番最初の犠牲者は、彼女の両親だった。
マディソンの両親は二頭の素晴らしく美しい駿馬に変貌し、それはただの馬ではなく伝承どおりの白銀の一角獣だったのである。
 マディソンを護る為に変化した彼らはマディソンごと捕らえられ、そのまま彼女と引き離され、売り払われてしまったのだった。
一つだけ残念だったのは、母親の方が変化したであろう一角獣が既に他界してしまっていたこと。
マディソンと引き離されてから彼女は食が細り、ひっそりとミッドイーストエリアの片隅で亡くなった。
残された鬣と角も富豪のコレクションの中から発見され、生き残った父親の一角獣と共にシュテルンビルト郊外にあるNEXT研究機関本部へと移送されている。
 彼女は涙を流しながら瞼を開く。
頬を摺り寄せるようにしていた一角獣のその顎のあたりを細い左手でするりと撫でて、彼女は「お父さん」と小さく呟いた。
 モニター室で固唾を呑んで見守っていたヒーローたちもその時思わず声を上げた。
一角獣の輪郭が青く発光していくと立ち上がる光の粒子。
銀色の粉雪のようにそれは空気の中に解けていき、そこに残ったのは号泣するマディソンを堅く抱きしめて、ただ「愛してる」と囁く 一人の男性の姿だった。

 ごめんなさい、ごめんなさいお父さん。
いいんだ、いいんだマディソン。お前はお前だから。お前はお前でいい。
大丈夫、ずっと何処に居てもどんな時も思っていた。
 愛してるよ、私の娘。お前がNEXTでも、そうじゃなくても。
私もよお父さん、お父さんだけを呼んでいたわ。
――愛してる。


 ブルーローズがぐすと鼻を啜り上げる。
他のヒーローたちもその場に立ち会って誰もが「良かった」と互いの肩を叩き合った。
そして振り返って、背後に置かれていた幻獣の角と鬣――マディソンの母親の遺品――が同じように空中に融けて跡形もなく消えていく様を観た。
「こうなるだろうと予測はされていた」と、ヒーローたちと共に立ち会っていた ノーマン大尉が 何故かほっとしたような笑顔でそう言う。
「タイガー&バーナビーのお陰で能力の解除方法が示唆され、今これで証明された。後はくじらと共に回遊しているマディソン症候群患者を迎えに行けばいいだけだ。ありがとう、感謝する、ヒーロー諸君」
 良かった、とヒーローたち一同から安堵の声。
虎徹がバーナビーを見て、「やったな」と言った。





 虎徹が二人に渡した鱗もこの世から消えてなくなった。
カリーナは虎徹が海上でバーナビーを救い上げ人に戻ったその時、シュテルンビルトの夕暮れの空の下で大切にペンダントヘッドにしていた人魚の鱗が空気の中光の粒子となって消えていくのを見ていた。
 あの不可思議な音楽が。人魚だった虎徹が水の中で時折口ずさんでいたそれと同じ音を発して、自分の胸元で震えながら青く光るのを知った。
赤銅色の太陽が光指す空の下カリーナはその薄青い水晶のような鱗を翳す。
 そうして鱗は初めからそんなものはなかったのだというように、すうっと大気に溶けて行ったのだ。
 カリーナは鱗が消えていった空を眺めた。
本当に空の欠片のようだった。空の欠片がきっと少しの間だけタイガーの身体に宿っていたのではないかなって。
 大丈夫、消えてしまっても、私の胸の中にまだその空の欠片があるから。
そして同時刻、バーナビーもまた虎徹と一緒にカリーナのいうところの空の欠片が天空に還っていくのを観ていた。
ずっと胸に抱きしめていたそれが、虎徹とバーナビーが見守る中、空と海の狭間に消えていく。
 何故か二人はそれを見送りながら、胸の中に温かいものが満ちていくのを感じていた。





 幻獣化した者たちを迎えに行く為の船が用意された。
迎えに行く誰かは、彼らを心配し行方を案じた人々。
くじらと共に回遊していた幻獣たちは、愛しいものたちの「ありのままでいいんだよ、貴方は貴方なのだから」というメッセージに振り返る。
どんな姿になっても変わらず愛しているからと。
海原の彼方、空と海の間から彼らは歌を目印に戻ってくる。

 どんな姿になっても、魂までは変わらない。誰もが知っている、君も知っている。



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