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SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(26)

SPLASH10

 ワイルドタイガーが承諾した。
それと同時に海洋研究機構が綿密な調査プランを政府に提出する。同時にノーマン大尉以下軍部も動き始めた。
幻獣化された人々の下へ一人向かう。そうして彼らを守護しながら、長く長くくじらと共に世界中の海を――海洋を巡るのだ。
あらゆる季節。人から遠く離れたその場所で、人には理解できぬ歌を歌いながらいつまでも、いつまでも。
 いつか人に戻れる日を夢見て長く旅をする。
伝説の人魚に出会うかも知れない、長く謎だった多くの海洋哺乳類たち、その世界をきっと垣間見る事が出来るのだろう。
 夢を見るように彼らは巡る。母なる地球を、それを圧し抱く地球の源なる海を。
人類が支配する地上よりも尚広く、波乱に満ちたそこで彼らはどう生きていくのだろうか。
全てが明かされる日は来ないだろうが、それでもその一端をかつては人だった人魚が教えてくれるだろう。

 アポロンメディアメカニックは既存のワイルドタイガーの装備を改良する必要に追われた。
軍が技術提供をし、政府が資金提供をした。
海洋研究機構も彼をバックアップする為に綿密なマップを作成し、スケジュールを組む。
補給は一ヶ月に四回、大体一週間前後を目処とし、緊急通信に対応できるように衛星からの情報を組み込んだ精巧なジャイロコンパスを搭載、余りに重いと虎徹が泳げなくなってしまうので、ワイルドシュートの軽量化にも取り組んだ。
時計は1万メートルの水圧でも壊れない耐久度を要求され、それは専門のメーカーが独自に一から設計することになった。
虎徹自身も多くの訓練を受ける羽目になった。
すべての用意が整うまで一ヶ月弱。
 身体がほぼ治ったと医師が診断して直ぐにパシフィカルグラフィックへ戻ると くじらと共に回遊し、多くの幻獣たちを守護するために必要な訓練を受ける。
それは過酷な日程となったが、虎徹は一つたりとも文句を言わずそのすべてのメニューをこなし切ったのだ。
 シュテルンビルト市民には何も知らされなかった。
そのいつかの日が来るまで――ワイルドタイガーが新しいヒーローとしての特殊なでも大切な任務につき、それが軌道に乗るまですべては秘密とされたのだ。
 ただ、七大企業とそこに所属するヒーローたちには虎徹がこれから向かうであろう任務とその重要性について先々に知らされた。
誰もが絶句した。でも誰も止める術を持たなかった。
ブルーローズはその中でも取り分けワイルドタイガーの新しい任務については反対で、怒りながらとても心配してずっとぎりぎりまで自分は納得できないと泣いていた。それでも虎徹の意思が固いと知って、最後は笑って送り出すことに決めたのだった。
それからまだ時間はあったが、ブルーローズは何度かカリーナとしてバーナビーと会った。
バーナビーも彼女を拒否しなかった。
他のヒーローたちは辛いから、そして多分一番辛いのはバーナビーだろうからという理由で何も言わなかったが、カリーナだけはヒーローとしてではなくカリーナという一個人としてバーナビーとこの頃良く会った。
 そしてただ二人向かい合って話すことは虎徹と一緒に居て楽しかった事ばかり。良かった事だけを思い出すように語り合った。
「海の中にももしかしたら街があるのかも」
「シュテルンビルトみたいに?」
 そうバーナビーが優しく言う。おとぎ話みたいなそんな彼女の話を優しく聞く。
「案外凄く住み心地がよくて、人魚も本当は一杯いて、海の中に海底都市をつくっていたりして。そしたらタイガー結構上手くやっちゃうのよ。凄くきれいな人魚の女の子をみつけたりしてそのまま帰ってこないかも。意外にもてるから」
「そうでしょうか」
「そうよ、どこでも結構なんとかやってっちゃうの。そしたらもう私もアンタも傍にいないから、どうにもならないわ。そしたら二人で裏切り者、この節操なしめって罵るの。そうして思う存分罵ったら私はタイガーが幸せなら諦めるわ。でももしそうじゃないなら帰ってきて欲しい。私は何時までも待ってる」
「僕もです」
 バーナビーもしみじみそう彼女に誓った。


 出立一週間前、パシフィカルグラフィックに虎徹の娘が訪れた。
バーナビーに先々に細かな事情は話されていたから飲み込んでいたものの、彼女の心境はいかばかりだったろうか。
ただ、虎徹と楓の僅かばかり与えられた二人きりの時間を誰も邪魔しようとは思わなかった。
バーナビーも遠慮した。軍も当然ヒーローたちもだ。
だから虎徹と楓の間にどんな約束があったのかそれは誰も知らない。ただ、楓は涙を溜めた瞳で微笑んでバーナビーに言ったのだ。
「お父さんを信じてあげて」と。




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