Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(24)

SPLASH9

 酷い怪我だったが、持ち前の体力とハンドレットパワーをもつNEXTだということが幸いして、二日後には虎徹は自力で水槽内で身を起こせるまでに回復した。
勿論、軍と水族館の医師達医療班の的確な処置があったからだとも言える。そして一番彼の回復に貢献したのがブルーローズだった。
ブルーローズは三日三晩文字通り虎徹の傍にいて献身的介護に明け暮れたが、四日目の朝、もう大丈夫だと確信して家に帰っていった。
「さすがにママが心配しちゃって・・・・・・でも大丈夫、怒ってるわけじゃないし、タイガーの事をママも心配してるのよ」
 うちのママ、タイガー&バーナビーの結構ファンなの。どっちかっていうとママはハンサムの方が好きらしいんだけどね。
「そっか」
 虎徹がまだ痛々しくまだらを描いた肌をしていたものの、しっかりとした声でそうカリーナに応え、改めてありがとうと彼女に言った。
身体の強張りはなくなり、外見以外の全ての身体データが正常化したのを見届けてから、獣医師はパシフィカルグラフィックへ撤収。軍も生命維持装置を含む医療器材を置いて一時本部へと帰っていった。
 虎徹は狭い水槽の中、大人しく横たわっている。
やる事もなく暇なので、斉藤に頼んで小型テレビを持ってきてもらった。水槽の近くに設置して貰い、それをなんともなしに眺めている。
 ワイルドタイガーが人々の前に姿を見せなくなって今日で四日目になる、体調不良なのかとテレビでレポーターが言っていた。
軍とパシフィカルグラフィック側は上手く今の事態を隠しているらしい。四日前にあった軍の強硬派――NEXT排斥一派による人魚強奪事件についても全くニュースにされていなかった。
恐らく軍――いや国が握りつぶしたのだろう。
 外見上平和な朝。
レポーターはパシフィカルグラフィックの表門の前で、今日も沢山の人出が見込まれます、暑くなりそうなので熱中症対策を万全にと呼びかける。
それから本日の人魚占い――虎徹に言わせるとなんじゃそりゃ――が出来ないので早くワイルドタイガーが回復するといいですねと言ってCMを挟んだ。
 虎徹がテレビに見入っている。いやぼーっと聞いてるのかなあとバーナビーも思った。
カリーナは帰宅したが、バーナビーは待っている家族も特にいないので、未だにメカニックルームに居座っていた。
さすがにロイズも、事情を知っているOBCも全ての予定のキャンセルを黙認してくれた。
タイガー&バーナビーは少なくとも一週間は休業だ。虎徹がこんな状態では・・・・・・。
 日に数度パシフィカルグラフィックの獣医師が訪れる。それと日に一度飼育員も虎徹の食事を配達する為にやってきていた。
大抵は鮮魚だったが、貝である場合もあった。
 四日目に訪れた時、虎徹が会いたいと望んだので見舞いがてらメカニックルームに来たが、こんな事を言っていた。
「あの――タイガーさんと一緒にいた幻獣ですが・・・・・貴方が連れ去られた事を彼女が教えてくれたってシーラの担当飼育員が言ってました。あの蛸様幻獣さんは女性だったんですね」
「話を?」
「話をしたっていうほど明確な言葉じゃなかったらしいですけどね。――人間なんですねぇ。それとあんな姿になっているけれどちゃんと人間の思考形態も失っていないって事なんだと、私たちには判らないですが。だとすると本当に――」
 そう言うと飼育員はため息をついた。
「残された家族なんかはやりきれないでしょうねえ。保護されていればまだしも、海には危険が一杯ですから」
「・・・・・・」
「無事でいてくれればいいんですけど」
「幻獣でもその、食べられたりとか・・・・・・死んだりとか、します、かね――」
 そりゃあするでしょうと飼育員は言った。
「タイガーさんも死に掛けたじゃないですか」
「・・・・・・」
「気が気じゃないですよ。――帰ってきてくれるのが一番いいですがせめて人に戻れるまで・・・・・・無事で居て欲しいですねぇ」
 そうですか。と虎徹が呟くように言う。
繊細なレースのような尾びれ――それは先日の事故でまだ先のほうが黒く煤けて少し萎んでいたのだけれど――がぱしゃんと水槽の水を叩いた。
あとそれと、と飼育員はウチムラサキの貝殻を出す。
「ラッコたちがいっぱいくれるんですよ。何故か飼育員全員一杯押し付けられちゃって。ラッコの担当者に聞いたらこれタイガーさんにあげるものらしい? って。皆心配してますよ。私たちもそうですが、うちにいる子たち――イルカたちなんかもうあの日以来落ち着かなくて――マリンショーは今週また中止です」
 パシフィカルグラフィックの様子を虎徹に徒然と話して飼育員はお大事にと帰っていった。
虎徹はその話を聞いた後長いこと無言でいた。
 綺麗な尾びれで時折水を叩きながら、飼育員から貰ったというより押し付けられたウチムラサキの貝殻を右手で弄くっている。
そんな虎徹にバーナビーは言った。
「ほら、虎徹さん、ずっと身体を起こしてると疲れちゃいますよ。まだ怪我が治りきってないんですからちゃんと寝ましょうね」
 虎徹はルチルクォーツの目を瞬いたが、大人しく水槽に横たわると目を瞑った。
寝返りがやっと出来るスペースしかないけれど、今はその方が物理的に動けなくて傷にはいい。
 苦しくないですか? 酸素マスク要りますかと聞くと虎徹は首を横に振る。
バーナビーは少し寂しそうな笑顔を浮かべて、そんな虎徹が横たわっている水槽横に寄り添うのだ。
 午後を少し回ってから、水の中でうとうとしていた虎徹が急に目を覚ました。
水槽の隣に椅子を持ち込んで、そこで読書をしていたバーナビーは虎徹の金色の瞳がぱちりと水の中で開いているのを見て少し驚いた。
「ど、どうしたんですか?」と声をかけるかかけないか、そんな時にメカニックルームに突然入り込んできた者がいる。
斉藤がびっくりしたようにモニタールームの椅子から立ち上がり、慌てて彼の元へすっ飛んでいくのが見えた。
「具合はどうだね、ワイルドタイガー?」
 ノーマン大尉は駆け寄ってきた斉藤を右手で制しながらそう挨拶する。
虎徹も身を起こした。
バーナビーは虎徹を守るかのようにその前に立ちはだかり、ノーマン大尉をねめつけた。
「何の用です? 僕はまだ聞いてない、どうしてこんなことになったのかを。 あなた方の目的は一体なんだ」
「先日の事は私の失態だ。許していただきたい。あれはNEXT排斥派――いや今回の問題について強硬派の暴走だ。政府が許した訳ではない。それに今回の人魚強奪事件によって政府も概ね我々の提案を受け入れて、海洋研究機構に委ねようと、昨日そう正式に決定した」
「一体何が起こってるんです? 何故虎徹さんがこんな目に遭わなきゃならなかったのかきちんと説明して下さい」
「勿論」
 と、彼は言う。それからノーマン大尉は虎徹を見て、「決心してくれただろうか」と聞いた。
バーナビーが振り返る。
虎徹は水槽の縁に両腕を預けに半立ちの状態で身を起こしていたが、険しい顔で斜め下、床の方に視線を落とすようにして俯いていた。
 ノーマン大尉は形容しがたい、一種哀れみを含んだような笑顔をした。
バーナビーは二人を見比べて、なんらかの話し合いが既にこの二人の間にあったことをその時初めて知ったのだった。
「・・・・・・虎徹さん?」
「説明してもいいだろうか」
 ノーマン大尉はそういいながら、判りにくいかも知れないが最後までとりあえず聞いて欲しいと前置きして話し出した。

 ルナ・マルセイエーズ・オー号の乗員乗客そして一部の軍や警察更にヒーローがマディソンの能力にあてられて、海原に消えてからもう二ヶ月。
その時幻獣化した者の大半はあの日以来ずっと海で暮らしているという。保護されたのは虎徹を含めて僅か数十名――正確には12名だった。
保護された者のうち身元が判明しているのは僅か四名で、非常に重要な人物――国家間に問題に発展しそうな実力者、そこまでとはいかなくても世間にいつまでも隠しておけない事情を持つ者が居た。その一人がワイルドタイガー君だよとノーマン大尉が笑う。
君は芸能関係? での社会的影響力のある人物に振り分けられているがヒーローだからちょっと特殊だねと言った。
「シュテルンビルトでは特にね。NEXTというところの付加価値からしても何時までも隠しておくのは難しい人物の一人――だった」
 君には判っていると思うが、あの蛸様幻獣の元となった人物もそうだ。
彼女は今非常に難しい立場にある人でね――まあそれはおいておこう。
「重要人物はみなヒーローが持つようなPDAを持っているが、特にVIPの場合体内にバイオチップを埋め込んでいる方が多い。それで大体衛星で補足できるんだが――非常に重要な人物の反応が、この二ヶ月間で二つほど消えた。考えたくはないが、亡くなったのではないかと思う」
「亡くなった? ってどうして」
「海にはどれだけ危険があると思う? 幻獣でもなんでも、海は等しくそこに生きる者たちに平等だ。鯨に呑まれたのかも知れない、危険な生物――例えば毒のある魚・・・・・・河豚などを間違って食べてしまったのかも知れない、カツオノエボシ、一刺しで即死するような恐ろしい猛毒を持つものもいる。巨大な鮫が捕食したのかも知れない――水圧に押しつぶされたか、海底火山に巻き込まれて熱死した、――あげればきりが無い。海洋は我々人類にとって未だに未知の領域であり、過酷な環境なんだ」
 バーナビーは胸を押える。
ここ二ヶ月間、消えた人々はどういった環境で過ごしているかなど考えた事が無かった。
そう――彼らは過酷な環境で今も戦いながら生きているのだ。
「弱い者から死んでいくだろう。何度もヘリを飛ばした。戦艦も差し向けてみた。場所は漠然とだが衛星で補足できることもある。天候にも左右されるがコンピューターでシミュレーションして、ワイルドタイガーが捕獲された時のデータをもとに網を仕掛けてみたりもした。だが駄目なんだ。既に彼らはほぼ外洋に出てしまっている。これもコンピューターの試算の結果が出ているんだが、どうやら彼らは鯨や大型海洋哺乳動物と共に回遊行動に入っている。マッコウクジラのあの巨体に隠れてしまい、傍に行こうにも近寄ることすら出来ない。呼んでここに来て欲しいと叫ぶ事もできるだろうが、呼び方が判らない。それに今の彼らには恐らく人の言葉は通じない。それに帰りたいと思っているのかどうかも・・・・・・意思の疎通が出来ない、救助する方法がわからない、見つからない。そんな時にワイルドタイガーが正気づいた――人としてのコミュニケーションも取れるという状態になった。そもそも今までマディソン症候群になった者で、一部といえども、人間の形態を保持している変化をした者は一人も居なかったんだ。これは千載一遇のチャンスだと、いや天の配剤ではないのかと――海洋研究機構が一つの提案をした」
 そこでノーマン大尉は言葉を切った。
バーナビーは頭の中で今の話を纏めてみる。そうして彼が――海洋研究機構(OI)が導き出した答えを知り、口の中で悲鳴を上げるのだ。
「虎徹さんに――行けって!? 海へ・・・・・・同じマディソン症候群患者の――くじらと回遊してる犠牲者たちの下へいって彼らを説得しろと? 地上へ帰るように? そんな、彼らがまずそれを望むかどうかも・・・・・・人と同じ思考形態を有してるかどうかも判らないのに――もしあったとして彼らは幻獣で、地上では生きられない変化をした者だっているだろう、大体その中には犯罪者――シンジケートの者だっているじゃないですか、虎徹さんどころか軍――国と敵対してる・・・・・・話し合いどころか行った瞬間互いに殺し合いにならないっていう保証はないでしょう?」
「説得ではない。勿論そうできればいいのだがそれは難しいと我々も考えている。そうではない、海にいって彼らを守ってもらいたい。いつかマディソン症候群の治し方が判るまで、ワイルドタイガーという人魚に彼らの護衛を、守護を頼みたいんだ。今彼らは苛酷な環境で自分の立場もわからずにいる。そして実際もう幾人かが犠牲となり帰らぬ人となった。これ以上犠牲を出したくない。ヒーローに傍に居て貰えれば・・・・・・そして出来る限り守ってもらえれば、その人に戻れるいつかまで、彼らが生きぬく術も見つかるのではないだろうか、と」
 勿論軍がバックアップする。最新の機器を用いてワイルドタイガーという幻獣が戦えるようにする。装備も完璧を目指す、PDAも海洋使用にして衛星も使う。高性能の通信機も持たせよう。一週間に一度程度は報告の為に落ち合おう。一ヶ月に一度は必ず補給を行おう。くじらと共に世界を巡る、その間にくじらや他の海洋哺乳類たちの研究も進めよう、ソナー実験による影響度が全く判らないと今研究がもたついているが、ワイルドタイガーの協力があれば世界中隅々までその影響度を調べる事が出来る。深海の神秘もわかるだろう。そして伝説であった人魚が本当に存在するのかも。やることは沢山ある。海洋研究機構の研究の補助も出来るとなれば、世界中がこの活動に資金を投入してくれるだろう。一番現実的な案だ。そしてそれは長い期間に渡るだろう。
「やってくれないか、ヒーロー」
 うろたえるバーナビーの後ろ、水槽の中虎徹が真っ直ぐにノーマン大尉を見た。
「何故、俺は浚われかけたんです? まだそれを聞いてない」
「海洋研究などはつけたしだ。マディソン症候群患者を今すぐ人に戻す方法が一つだけある。勿論、絶対ではないが――八割がた君たちは人に戻るだろうと私も思っている。その方法とはマディソンを殺す事だ」
 だがその選択は余りにも後味が悪い。今世界はNEXTという新人類に対して非常に視線が厳しい。
それを今先例にしてしまっては問題がありすぎるんだ。もしも、自分がNEXTに目覚めたら? 迷惑なNEXTは殺せばいいという前例があった場合、自分も殺されかねない。一度禁忌を超えてしまったものは取り返しがつかない。そんな危険を冒す訳にはいかない。だが今回幻獣化された者の中には今まさに国家間の問題に発展するような重要人物が複数いるのだ。目先の問題を解決する為に、強硬派はマディソンの始末を主張した。
海洋研究機構の提案はだから、彼らにとって目の上のたんこぶだったわけだよ。だが今言った計画は、ワイルドタイガーという人魚が存在しなければそもそも最初から無かった事になる。そうなれば、マディソンを殺すしか手が無い。政府も許可せざるを得ないだろう。他に方法が無かったのだと、これは特例であって今後の所作には審査が必要になると詭弁は幾らでも作り出せる。強硬派はそれでワイルドタイガーを――人魚を隠そうとしたんだ。殺す気は無かったんだよ。そもそもマディソンが始末されれば、人魚も居なくなる。ワイルドタイガーという一人のNEXTが其処には残るのだろうから、近い将来きっとどこかで解放されただろうね。
「そんな・・・・・・」
 バーナビーは自分の前髪を右手でくしゃりと握りつぶす。
頭が・・・・・・混乱して上手く考えられない、回らない。
「君を辛い目に合わせた。本当に申し訳なかった」
 虎徹はいえ、とまた目を逸らした。
 ぱっしゃんぱっしゃん。
不機嫌そうに揺れる綺麗な蒼と碧の尾が水面を叩く音。
バーナビーはおろおろとノーマン大尉と虎徹を交互に眺め、そして虎徹は水槽の縁に両腕を預けて悩んでいたようだが、やがて嘆息して呟くように言った。
「・・・・・・それが一番いいんだろうな」
「虎徹さん!」
 驚いて叫ぶバーナビー。ノーマン大尉は言った。
「良く考えて欲しい。だが余り時間はない」
「ええ」
 モニタールームの方では斉藤がずっとその会話を聞いていたがやはり余りの事に動揺し、おろおろと立ったり座ったりを繰り返していた。
大尉はメカニックルーム――水槽のある部屋を出ると、去り際に斉藤にも会釈した。それからこのことは他言無用に、と釘を刺しても行った。
彼が去った後、斉藤はモニタールームから「タイガー・・・・・・」と声をかけてきた。
 でも虎徹はもう自分の深い物思いに沈みこんでしまっており、その声には応えなかった。




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