Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(22)


「タイガーが浚われた、軍の通信ラインとヒーロー回線を直結するわ。皆彼を取り戻して!」
 HERO TVでの放映は許されなかったが、ヒーロー側の司令塔としてアニエスが指揮を執ることに。
状況は余り良くなかった。
ノーマン大尉からもたらされた情報によると、虎徹を載せたと思われるパシフィカルグラフィックの海洋生物専用トラックは高速に入ってしまっているらしい。
既にシュテルンメダイユ地区を通過中と聞いてバーナビーは唇を噛む。
一体軍は何をしているんだ。
しかも正規軍同士の諍いでもあるので、衛星が使えなかった。否、衛星で補足しようにもステルスモードに入っていて切れないのだ。
それも衛星を騙すというものではなく正規の手続きで部隊ごとデータに残さないように首都のメインコンピューターが制御しているのだ。
「今更政府に作戦取り消し願いを出すのは馬鹿げている。力ずくで止めるしかない」
 ノーマン大尉のその言葉に、ヒーローたち各々憤りを隠せない。だが出動は当然した。それこそ全力で。
「なんてこった、虎徹」
 ロックバイソンの憤った声がヒーロー専用回線から聞こえてくる。
「勿論後でどうしてこんなことになったか説明して貰えるんだろうね」とスカイハイの声も。
「どたまくるけど、タイガーを取り戻してから考えましょ。追及するのも糾弾するのも後から出来るでしょ」
「だけどタイガー連れて行ってどうするの? まさか殺しちゃうの?」
 ドラゴンキッドのストレートないい様にバーナビーは竦みあがった。
「何故? どうして始末されなきゃならないんです?!」
 だって・・・・・・と、ドラゴンキッドは言った。
「理由が判らないんだもん・・・・・・軍もなんで分裂してるの? 何が起こってるの」
 バーナビーは知ってるの?

ドラゴンキッドのその不安な質問に、バーナビーは脳裏で「知るもんか!」と叫び返していた。
全力で追いかける。
バーナビーとブルーローズはバイクで、それもかつてないスピードで高速を突っ走っていた。
やはり一番早いのはスカイハイなのだが、この三人を除くと残りのメンバーは単体での移動手段を持たない、全員が全員トランスポーターでの追跡になってしまう。
 先行できるヒーローに虎徹の保護を任せるしかない。少なくとも確保するところまで――後始末は任せてもらおう。
やがてスカイハイが追いついた。
 海洋生物専用トラック――可愛らしいイルカとオットセイのイラストが描かれ、パシフィカルグラフィックのロゴマークも見て取れた。
あれだ!
 スカイハイは全力で、トラックとそれを護衛するように走っている車を数体まとめて持ち上げる。
風が唸りをあげてその車体を揺さぶるが、スカイハイはそれを横転はさせなかった。普通の犯罪者相手なら車ごときりきり舞いさせてやるところだが、中にはワイルドタイガーが詰まっていると思うとそんな乱暴な事は出来ない。海洋動物専用車両を中心にNEXTを絞って展開させた。
 やがてバーナビーとブルーローズ、そしてノーマン大尉の部隊でも足の速い車両に乗っていた軍人が追いついてくると、直ぐに包囲した。
ブルーローズがタイヤを凍結させる。そのままアスファルトに縫い付けて動けないようにする為だ。
「無事確保! 確保した!」
 スカイハイの歓喜の声、中に居る海軍管轄の軍人たちを引きずり出し、車のボンネットに両手を突くように指示。
海洋生物専用車両なので、開閉には気を使わないといけないらしくパシフィカルグラフィックの職員が到着するのを待つことに。
 しかしそこで、先頭を走っていた護衛車両らしいジープ様の一台が走り去っていったのに気づく。
追いついてきたヒーローたちとノーマン大尉を見て、バーナビーは追いかけますと言った。
 スカイハイもそれに同意し再び空へと舞い上がる。
バーナビーはバイクを走らせ程なく追いつくと、その車の運転席には一人しか乗っていないのを確認する。
後ろは良く判らないが、ヒーロースーツで確認したところ熱源が全く無かった。
 バーナビーはフロントシールドを右手で叩き割ると、ドライバーを引きずり出した。
「ひいっ!」
 リアタイヤが空転する。
コントロールする人間を失ったその車は、高速道路――ゴールドステージの壁面にぶつかりそこで斜めに傾いだ状態で停車した。
からからとタイヤが空転しているのが見え、それをちらりと横目で見届けてから、バーナビーは手に引っつかんだ男に詰問する。
「どうしてワイルドタイガーを浚った! 何が目的だ、殺すつもりだったのか?!」
 その軍人は目を見開き、そんなことはしないと絶叫した。
「違う! 殺すつもりはない! そうじゃない、一時的に身を隠して貰うだけだ! ワイルドタイガーさえいなけりゃマディソンを殺せる。それで終わりにできる!」
「――――?!」
 ドライバーはバーナビーに吊り下げられていたが、自分が運転していたジープが突然小爆発を起こし、その衝撃でゴールドステージから墜落していくのを見て頭を抱えて絶叫した。
「うわあああ! 人魚が――、ワイルドタイガーが!」
 バーナビーは振り返る。
今、なんて言って?!
バーナビーは男の襟首を引っつかんだまま気が狂ったように振る。
「まさかあの車両に虎徹さんを乗せてたのか?! あっちの専用トラックは囮でこっちが本物――」
「そうだ! こっちの車両が本物だ! 荷台が二重構造になってて、下に冷蔵タイプの水槽が埋め込んであるんだ。ワイルドタイガーはそこに居る!」
 なんで爆発が・・・・・・とバーナビーが男を突き飛ばし疑問を口にする。男は道路にしりもちをついて咳き込みながら、「魚類の麻酔には炭酸ガスを使うんだ。一番後遺症の少ないつい最近確率された新しい麻酔法で・・・・・・安全に首都まで眠っていて貰う為に炭酸ガスの設備を搭載してるんだ。そいつの扱いが酷くデリケートで・・・・・・ちょっとしたショックで爆発したりもする! 今人魚は麻酔が効いていて自力じゃ動けない、早く助け出さないと!」と喚いた。
 虎徹さん!!
バーナビーは発動した。
虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん! なんで、こんなどうして!
「スカイハイ! 頼む、ジープごと持ち上げてくれ! 中に虎徹さんが!」
「なんだって?」
 キースはバーナビーの声に仰天し、墜落途中だったそれを自分の力で持ち上げる。
だが想像以上に重かったらしく、ゆっくりとシルバーステージの高速上にそれを降ろすのが限界だった。
「いけない、バーナビー君! このままじゃ車両が炎上しそうだ!」
 単なる車両火災ではない、炭酸ガスの設備を搭載していると聞きキースにも手が出せない。しかもどうやらワイルドタイガーが積み込まれているらしい。エアーボールを形成して数秒だけキースはそのボールの内部を「真空化」出来るという必殺技を持っていたが、これは中に人が居る場合使うことが出来ないのだ。下手をすると人体を破壊しかねない技でもあったから。それに真空状態にしたことによって逆に炭酸ガスが膨張し、爆発しないとも限らない。しかしその躊躇は間違いだった。この時キースがせめて、車両のドアを開け放っていてくれたら。
「バーナビー君!」
 目の前でキースは爆発が起こるのを知る。それと同時に上空から降ってきたバーナビーが車両の中に飛び込むのを。
「虎徹さん!」
 熱風。
既に車内は高温になっていた。
 だめだ、だめだ、だめだ!
バーナビーは狂ったようにシートを引っぺがし、車床を割ると持ち上げる。
そこには極薄いガラス棺があり、水に満たされた浅いそれに虎徹が横たわっていた。そして触れてバーナビーは悲鳴をあげるのだ。
 熱い。
水が、熱くなっている。虎徹の身体は今熱に酷く弱い。ああ、まさかもう死――死んでいるなんて、そんな。
 ガラスが熱膨張なのか割れた。水が噴出し、バーナビーのヒーロースーツを濡らす。
その端から火の勢いが強いせいか炙られて水蒸気が立ち上っていく。
 バーナビーは虎徹を抱き上げた。
触れてはならないと言われた彼の身体に触れたとき――バーナビーは虎徹がまだ生きているということを知って瞬間安堵した。そして同時に悲鳴をあげた。
 熱い――、痛い、助けて――バニー。
死に物狂いで車外に飛び出す。
 抱きしめた先から皮膚がひび割れて、血液と体液が流れ出す。触れたところが真赤に爛れて、やがて真っ黒に変色していく。
水分を失って、美しい青と碧の鱗がぱきぱきと音を発てて剥がれた。熱せられて砕かれたそれが白い粉となって風に舞う。生き物が焼け焦げていくいやな匂いだ。
 バーナビーのヒーロースーツは耐火・耐熱性に優れているが、それは内部までそれが及ばないということであって、表面は普通に高温になってしまう。
虎徹の肌にそれは壊滅的に働いた。
 バーナビーは飛び出して、誰か水――水を下さい、誰か――! と憚らず叫んでいた。
自分ごと、水をかけて欲しい、いやそれじゃ間に合わない、誰か、――誰でもいい、彼を助けて。
 
 ばにい。

 彼がそんな風に呼んだと思った。
恐慌状態に陥りながらバーナビーは抱いている虎徹の顔を見る。
力を失っていくルチルクォーツの瞳。そこからすうっと涙が頬を伝っていったというのは見間違いだろうか。
 粉になる、分解する、虎徹さんが死んでしまう。誰か、誰か、誰か――!
「こっちだよ、早く!」
 インカムを通して聞こえるドラゴンキッドの声。
それと同時に大量の水。それは水圧を伴っていたのでバーナビーはその場で勢いに突き倒されそうになった。
ゴールドステージ側、上に何台もの消防車が停留していた。そこから水を放出してくれたのだ。
少し遅れて折紙サイクロンに誘導されてきたのだろう、シルバーステージ側からも消防車が来ると同じように直ぐに放水を開始してくれる。
それから折紙サイクロンが「こっちです!」と呼ぶ。
アポロンメディアのトランスポーターと、軍――ノーマン大尉率いる部隊が駆けつけてくるのが見えた。
「放水は中止するな!」
水に塗れながらバーナビーは前に進む。
駆けつけてきた折紙サイクロン、ノーマン大尉と共にずぶぬれになりながら、水の中でやっと向き合う。
ノーマン大尉は虎徹の姿をざっと見て、それから顔を覗き込んだ。
「まずい、手当てできる場所まで連れて行かないと――ブルーローズに連絡を、ただちにこっちにくるように」
「今ゴールドステージ側にいるんです、階下に降りてきて貰いますか?」
 折紙サイクロンがそう聞く。
ノーマン大尉が駄目だ、と言った。
「ここじゃどうにもならない、せめて電源をとれて、空調が完備した場所じゃないと――パシフィカルグラフィックに戻るには遠すぎる」
「アポロンメディアメカニックルームだ!」
 斉藤が喚いた。
「タイガー専用の水槽がある! そこなら電源も取れる! 空調もある!」
 ノーマン大尉が目を見開いた。
「軍に内緒で避難所を作ってた! パシフィカルグラフィック側も協力してくれてたから設備に問題ないはずだ。この際軍にばれてもしょうがない、こっちにこい、直ぐに向かうぞ、ここからならアポロンメディアまで5分かからない、早く!」
 後は早かった。
ノーマン大尉は救援部隊にアポロンメディアに直行するよう指令を下す。
軍の救急医療班と、パシフィカルグラフィックにも専門獣医師を直ちに派遣するよう要請、放水されながらバーナビーは軍のトラックに向かう。
青いビニールシートが敷かれ、虎徹をそこに横たえるように指示する。消防車がずっと併走しながら水をかけ続けてくれた。
バーナビーは横たえた虎徹の無残さに声もない。
 そしてもう虎徹はぴくりとも動かなくなっていた。




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