Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(20)


 学校からトレセンに直行、そしてトレーニング。
今日はトレーニングセンターにバーナビーの姿が見えなかった。
タイガーの分まで近頃働いているらしいから、相当忙しいのだろうと思う。
ペンダントちゃんと作ったか知りたかったのだが、まあそれは明日以降でも構わないだろう。
自宅に帰り自室に一人。机の上で自分の胸の奥からペンダントヘッドを手繰り寄せてカリーナは笑った。
「ふふっ」
 綺麗な薄蒼いそれを目の前にもってくる。
本当に綺麗だ。
本当になんて造形だろう。こんな綺麗なものがこの世にあるだなんて。
 そういえば近頃人魚占いやら、人魚にまつわる幸運グッズやらが大量に出回るようになった。
パシフィカルグラフィックも水族館公式と銘打って幾つか人魚グッズを出しているが、巷に流れる噂は何故か、恋のおまじない的なものが多かった。
タイガーと恋 ってなんか繋がらないんだけど。
 そもそも人魚にそんな伝承ない。むしろ人魚姫は悲恋だ。成就しない恋を抱いて泡になった話ではないか。
「なんでだろ」
 ひとりごちる。
でもなんでもいい、それが本当だったらいいなあ! とカリーナは思うのだ。
「これがタイガーと私を結び付けてくれるものだったらいいのに・・・・・・」
 ふと、変なことを思いついた。
これがタイガーと繋がっているのなら。
 なんか気配でも伝わらないかなーなんて。
カリーナはそっと鱗に口づける。
軽いキス。それを一度やったら止まらなくて、何度も何度も繰り返す。
私の唇の熱さが、タイガーに伝わればいいのに・・・・・・。まあ伝わっても気づかないかな、あの超鈍感男は。
それによく考えたら、バーナビーもこれを持ってるんだった。
「・・・・・・」
 カリーナは深い深いため息をつく。
「タイガーとバーナビー、付き合ってるんだもんなァ・・・・・・」
 がくーんと机に顎を乗せて弛緩してしまう。
ホント、こんなだったら先に言えば良かった。本当、言えばよかった。そしたらタイガー多分あんまり疑問にも思わず、自分と付き合ったような気もする。
なんていうか、優柔不断なんだよね。掴みどころがないっていうか。
「本気だって言ったらさあ、タイガーは断れないんだよ・・・・・・ふんだ、ハンサムの策士」
 バーナビーのあれは確かに真剣だったろうが、カリーナはずるいと思うのだ。
両親もいない、復讐も中途半端に終わった。僕にはなにもない、貴方だけが真実だった。
どうか傍に居て下さい、僕には貴方だけ、貴方だけ、貴方しかいないんです。
 本当にそういったかどうかは判らなかったが、カリーナには妙な確信があった。
「タイガー、優しいんだもん・・・・・・そんな風に言われたら、絶対突き放せないよ・・・・・・」
 あーあ。
カリーナがもんもんと考えていると、何か妙な気配を感じた。
「?」
 机の上から身を起こす。
そしてペンダントヘッド――虎徹の鱗をまじまじと見るのだ。
その鱗は淡いブルーに点滅するように瞬いていた。
光っている――・・・・・・、え、どうして??
 カリーナは胸騒ぎに立ち上がる。
「タイガー?」



 パシフィカルグラフィックの夜。
しんとしている下界、いや水槽の外と比べて水の中はいつでも騒がしい。それでもその騒がしさは人には考えられない静寂と抱き合わせで・・・・・・虎徹は自分の住処にしている珊瑚の裏の小スペースでうとうとしていた。
 彼女は本当に王族なんだろうか。
確かに立ち居振る舞い、雰囲気、何か全て常人離れしている。いや浮世離れしてるというべきだろうか。
 でも虎徹が少し心配していることがあった。
もし――もしもだ、そこから逃げ出してきたのだとしたら? 王族なら色々不自由もあるだろう。相手が庶民だったら――彼女はどうしたろう。
 許されない恋だと言った――。
だとしたら、テオドア六世が迎えに来た、なんてこといって余計絶望しないだろうか。
「どーすりゃいいんだろうなあ・・・・・・」
 俺もう誰の不幸も見たくないよ。
俺自身だってもうどうしていいのかわかんないのに。
 楓――会いたいな。
でも会ったらきっと俺挫けるだろうな。泣きそう。
ヒーローであった時よりももっとずっと傍に居られなくなるだなんて。どう説明していいのか自分でも判らない。
 それより何より、虎徹自身が辛かった。
シュテルンビルトを離れたくない・・・・・・バーナビーの傍にもう居られない。
バディヒーローであることも諦めなくちゃいけないじゃないか。
 何処に居てもヒーローは出来るとノーマン大尉は言った・・・・・・。
確かにそれは英雄だろう、作られた存在を超えて、そりゃあもう、確かに世界中が俺の勇気を認めるだろうさ!
でもその代償は重すぎる。
ふと虎徹はなにやら気配を感じる。
「?」
 その気配はただならぬ危険を孕んでいる風だったので、虎徹は思わず身を起こした。
そしてエコロケーションを発動。
隅々までいきわたる自分から発せられたその音は、だがなんの異常も感知しなかった。
 不安。
何故――どうして俺はこんなに不安なんだ? 今?
「え――?」
 ぐらりと傾ぐ視界。
え、嘘、どうしてだ?
思考が曖昧になる、身体の自由が利かない――違う、痺れてる。
「あ・・・・・・」
 虎徹は不意に身体の自由を失って、ゆっくりと水槽の底へと沈んでいく。
朦朧とした視界の中、二つの自分に迫ってくる影を見る。
そして薄れ行く意識の片隅で、水槽の外――誰かが話している声が聞こえた。
「どうだ、効果はあったか?」
「はい、炭酸ガスによる麻酔の効果は劇的ですね」
「そうか、良かった。では直ちに回収して首都に向かう。他の奴らには気づかれるなよ」
「了解、回収後直ちに出立」

 PDAをぱちりと切り、男は水槽に背を向けた。
「ワイルドタイガー、――人魚の移送を開始する」



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