SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(10) SPLASH4 ヒーローたちの活躍により密輸犯による幻獣の輸送は阻止された。 ニューイーストエリアを中心に展開するシンジケートが、シュテルンビルトにおいて摘発されたというニュースは今後暫く世間を賑わすだろう。 機転良く逃れていた虎徹を除く 他5名のマディソン症候群患者たちはとりあえず軍の病院へと移送され、そちらで徹底的な検査を受ける事になった。 ただ、人ではなく 幻獣化――それも海洋生物――しているという事実もあって、その筋の専門家たちが呼び集められたらしい。 パシフィカルグラフィックの専属獣医や、研究員も当然召喚され、再公開してまだ一週間だというのにパシフィカルグラフィックは再び検査中閉鎖となってしまった。 虎徹の意識が正常化したというのに伴い、虎徹を中心としたヒーローの会合が開かれた。 ザ・オーシャンシー・パシフィック上部にある大陸棚を模した部分から直ぐ横に設置された梁に儲けられた、所謂給餌スペースでだ。 虎徹はぐだぐだと集合に顔を出すのを渋っていたが、バーナビーの説明してください! との哀願に折れた形だ。 スカイハイなどはワイルド君が正気づいた記念として! 等と盛り上がっていたが、虎徹曰く「俺は最初から正気だったぞ」とのこと。 そんなわけがない、全然意思の疎通が出来なかったとバーナビーが追及すれば、虎徹は俺はお前の気持ちも誰の気持ちも判っていたし、ちゃんと応対してたじゃないかと言う。 多分このあたりの見解は平行線で絶対に交わらないだろうとネイサンは途中で気づき、バディの不毛な言い争いを途中で「くだらないからやめて」という直情的な言葉で止めたのだった。 「わからずや! そんなわけないでしょう!」とバーナビーが叫ぶ。 「ばーかばかばかばかばかばかばか」と子供みたいにいい連ねる虎徹が答えて現場は泥沼化していた。 更に虎徹が都合が悪くなる――というか5分に一度は潜水してしまうので事態を余計に悪化させていたのだ。 「この際潜水するのは 魚人の特性だと諦めるとしてね」 「人魚です。虎徹さんは人魚」 「ハンサムも拘るわねえ」 「こだわりじゃないです。やめて下さい」 「ふん」 「虎徹さん! ちょっと真面目に話して!」 「やなこった」 虎徹はつんと顔を振り上げてバーナビーから遠ざかっていく。バーナビーはその態度に傷ついてしまう。 こんなに、こんなに僕心配していたのに! と。しかし。 「タイガー、あのさ、ちょっと胸、見せてくれる? 後腕も」 おずおずと言った風にカリーナが聞くのだ。 それも本当に困ったように――それはもう意気消沈した様に言う。 虎徹はそのカリーナの表情にどきりとしたように水の中で身じろぎした。 「ブルーローズ」 「あのさ、ホント――そういうの良くないよ。ハンサムに心配掛けたくないのかも知れないけどさ・・・・・・」 ちゃんと言った方がいいよ。 そううな垂れて今にも泣きそうな表情で言うものだから、虎徹も真面目に考えたようだ。暫くして「ごめん」とこれまた呟くように言った。 「バニーもごめん」 自分に注がれるルチルクォーツの瞳。 濡れたように光っていて、そしてその中の鋭い瞳孔が困ったように細められて――そしてバーナビーは衝撃の事実を知るのだ。 カリーナに促されて虎徹は躊躇った仕草をしたけれど、ヒーローたちの前に両腕を水から出して広げて見せた。 その内側は火傷をしたように爛れていたのだ。それも尋常な爛れ方ではない。何故、こんなどうして酷い怪我に。 余りの事にバーナビーは絶句してしまい、カリーナはだろうと思ったと顔を曇らせる。 虎徹は観念したように浮上して、自分の胸を見せた。腕の内側と胸一面、そうそれは虎徹が突き落とされた赤ちゃんを救出するために抱きしめた痕だったのだ。 「こんな、こんな風になるだなんて――」 イワンが絶句する。 パオリンも「そんな――」と声を発した後涙ぐんでいた。 バーナビーはそんなと呟き、それから虎徹に後ろを向いてくださいという。 虎徹は拒否しなかった。 ちょっと困ったように首を傾げた後、大人しく背中を見せる。 その背中には、手形が張り付いていた。 否、手の形に皮膚が剥がれ落ちていたのだ。それはバーナビーの手形をしていた。僕が虎徹さんを抱き上げたから――そう知ってバーナビーは蒼褪める。 熱いどころではない、熱いなんてもんじゃない、違うこれじゃ――。 「バニー」 虎徹が困ったように水に身体を沈めながら首を傾げる。 バーナビーは「そんな・・・・・・こんなことって・・・・・・」と小さく呟きながら涙を零すのだ。 「バニー・・・・・・」 寄り添うように虎徹が寄っていく。それからやっぱりごめんと呟いた。 「お前のせいじゃないよ」 「僕のせいです」 「・・・・・・なんていっていいか、――気にするなよ」 「気にします」 虎徹はごりごりと自分の髪の毛を掻いた。 「ごめんな、俺、お前に触れられなくて――」 「誤魔化さないで、どうして貴方――優しさの方向性が奇怪しいんですよ。言ってくれなきゃ――こんな・・・・・・僕の方こそごめんなさい。話が出来て――嬉しくて――」 「うん」 俺も、と虎徹が言い、ごめんなと今度は全体に謝った。 暫くの気まずい沈黙の後、ネイサンが言った。 「で、タイガーはどこまで自分の状況を把握してるの?」 「うーん?」と虎徹。 ただ、と話し出した。 「自分のその身体が、大変な事になったってことは理解してるつもりだ。今後どうするかはわかんないけど――、お前らには迷惑かけるな」 「迷惑だなんて!」 咽込むようにイワンが言った。 「迷惑だなんて。僕はそんな風に思ってません」 「私もだよ、ワイルド君」 間髪居れずにキースもそう言った。 暫くの沈黙。 「なんにしても」 ネイサンが口火を切った。 「おかえりなさい、タイガー。また話せるようになって嬉しいわ。貴方と話し合いながら色々物事を決めていけるし、ねえ? ハンサム」 「ええ」 バーナビーはうって変わってしょんぼりしてしまった。 人肌が毒だと聞いていたけれど、こんなにも本当に酷い事になるだなんて・・・・・・、僕はいつも考えが足りない。そして虎徹は自分の事を思いやってそれを誤魔化そうとしていたのだろう。そう考えると本当に辛くて悲しかった。僕は本当に迂闊だ。 「バニー」 虎徹は言った。 「お前凄く気にするじゃん。あれは不可抗力だよどうにもならなかった。俺も触るなって言えばよかったんだけど失念してたし、赤ちゃんにいたってはもうどうしようもないじゃん。だからそのさ、そんなに気にするなよ。俺そうされちゃうとさ、やっぱ辛いよ」 「・・・・・・」 全員無言になってしまった。どういっていいのか判らないのだ。虎徹自身もだから言いたくなかったんだというように寂しげな表情になって、そしてカリーナが言った。 「タイガー、それまた治療するから。ね? 大分上手くなったでしょ?」 「そだな。ブルーローズまた頼むよ。ホントに世話になる」 「タイガー、そのさ、・・・・・・ずっと、解ってたの?」 解ってたとは? と首を傾げる仕草。 カリーナは言った。 「ずっと、私のことなんか忘れてると思ってたの」 「忘れてないよ? お前が呼んだから出て行ったんだ。綺麗に治療してもらったし感謝してたよ」 「・・・・・・あのね、タイガー」 そこに現れる人影。 虎徹もびっくりしたが、その場に居たヒーローたちも当然びっくりした。 それはアポロンメディア、ヒーロー事業部の面々だったのだから。 「ベンさん! ロイズさん、斉藤さんも?! どうしたんですか!」 「君が正気づいたっていうバーナビー君の連絡があったからだよ」と、ロイズ。 ベンが水槽からひょっこりと顔を出して目を丸くしている虎徹の元に駆け寄る。そして立膝をついて、そこに屈みこんだ。 「良かった、元気そうでなによりだ、虎徹。調子はどうだ?」 「別に悪いところないですよ」と虎徹は笑った。やんわり触らないで下さい、俺今人間には触れられないみたいなんでというと、既に司法局から注意されていたのかベンはうんうんと頷いた。 「斉藤ちゃんがな、いいもの作ってくれたんだ。さっきな、バーナビーから連絡あってな。元々作ろうかって話してたんだけど、ニャウリンガルみたいなもんな、急遽仕様変更して――」 「なんすかそれ」 虎徹が笑いながらベンを見上げ、ベンも笑った。 「水中で会話できないだろ? それを補佐するシステムだよ。割合簡単だったって。後、PDAも取り替えるな? 元々耐水性だったけどこっちは軍から依頼があったんだ」 ふうん? と虎徹が首を傾げると、斉藤も立膝をついて虎徹を覗き込んできた。 今日はスピーカーつけてないんだなと思ったら、水族館ではなるたけ静かにしてくれって言われて、入り口で取り上げられたのだという。斉藤の小さな災難に虎徹はぷっと吹き出した。 斉藤はぼそぼそ喋っていて、バーナビーにもその場にいた人たち全員に良く内容が聞き取れなかったのだが、虎徹は聞き取ったようだ。どうやら海洋生物というのは聴覚が視覚よりも発達しているらしい。 虎徹はPDAを外すと斉藤に渡す。斉藤は懐から新しいPDAを出すと虎徹に渡しながらワイルドシュートはどうする? と聞いてきた。 「ワイルドシュートは別にいいんですけど、問題は時計かな? ダイバーウォッチじゃないんで、なんかがたがきそうで」という。 斉藤はうんうんと逐一頷いていた。 「時計は今回作ってこなかったから――考えておくよ。それよりこれが、水中専用のインカムだ。耳の中に入れて。内耳とPDAを直接繋ぐ」 「これってどうなるんですか?」と虎徹が聞くと、斉藤は嬉しそうにまくし立てた。その剣幕にちょっと虎徹が水に沈みかけるが、なんとか耐えて浮上したままでいた。 「骨伝導だよ。水中で人の言葉を話したら、それは普通伝わらない、でもこれを内耳にいれておけば、自動的にPDAで再生されるんだ。役立ててくれ」 「そりゃ凄いですね!」 虎徹は斉藤からインカムを受け取ると右耳の中に押し込む。それから徐に水中へ没すると、中で「バニー?」と呟いてみた。 恐ろしい事に一斉にその場にいたヒーローたちのPDAから「バニー?」という虎徹のはっきりとした音声が流れてくる。これにはバーナビーも感心した。 「凄いですよ斉藤さん! ありがとうございます!」 斉藤は得意げだ。 それからヒーローたちとともにアポロンメディアヒーロー事業部の面々は暫く今後の事について話し合っていた。 軍の意向や、動向なども虎徹はこの時初めて詳細を知る。ネイサンは終始苦笑気味だった。 ロイズは虎徹の傷を本当に心配していた。見た目が悲惨だというのもあるのだが、ブルーローズの方に向き直ると真摯にお願いする。それから虎徹にも労わるようにこういった。 「その傷――体の不調ですがその、ブルーローズさんお願いしますね、虎徹君も無理しないように。何かあったら連絡して、社の方にね?」 「虎徹、これで連絡できるようになったんだから、まあ気楽にな。しかしお前なんかえらいゴージャスになったな」 べンに変に褒められて虎徹はいやそんな、と笑っている。 でも体のことを慮られたと知っていた虎徹は素直に気をつけますと頭を下げた。 当面ヒーロー活動は出来ない、事実上休止だけれど。 しかしヒーローたちは全員一致で虎徹をフォローすると請け負った。 「やれるところまでやってみようじゃないか。実際こうやって意思疎通が出来るようになったんだ。未来は明るい、明るいとも」 「そうね」 ネイサンも笑いをかみ殺したような表情でいう。 「これ以上酷くはなんないわよ」 「恩に着る」 虎徹は深々と頭を下げたのだった。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |