Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(9)



 ショーは大盛況の中終盤を迎える。
バーナビーは惜しまずに拍手をし、いつの間にかマリンショーに夢中になっていた。
パシフィカルグラフィックのマリンショーはかなり高度な部類なんだとそこにも感心していた。
一頭一頭に専属のトレーナーがついていると観察する。兼任している者もいるようだが、ああいった信頼関係みたいなものが訓練には必要なのかも知れない。
ふと、バーナビーは舞台すそにいるトレーナーが奇妙な動きをしたのを知った。どうしたのだろう?
目を凝らすと何やら奥からやってきた職員らしき男の指示に首を横に振っている。何かトラブルでもあったのだろうか? といぶかしんでいると、不意にPDAがノーコールで点灯した。
「?!」
 バーナビーは慌ててコール先を見る。
するとそこに在るのはパシフィカルグラフィック専用コールナンバー。緊急用のそれだった。
 バーナビーはがばっと身体ごと賓客席から乗り出してなにやら揉めている二人を見る。
ウエットスーツ姿のほうは今まで舞台に出ていたトレーナーとして、だとすると問題を起こしているのは職員の方? コールしたのはどちらかか?
バーナビーは目が悪いのでこの時ばかりは賓客席にいた事を後悔した。
判断がつかずに躊躇っていると今度はブルーローズから緊急コールが入った。
「ハンサム! トレーナーの方が脅されてる!」
「間違いないんですか?!」
「間違いない、なんだか判らないけど――早く!」
 その瞬間バーナビーは発動し、舞台へと大跳躍した。
そしてそれと同時に舞台のドームが唐突に閉まり始める。何故だ、どうして? と思って気づいた。恐らくスタンガンで脅されたのかトレーナーが舞台端に設置してある操作版で開閉処理をしたらしい。
 わっと観客たちが声をあげた。
バーナビーだ、ヒーローが来た。しかし何故?!
トレーナーと職員――いや恐らく卑劣な脅迫者だ――の間に割って入り、その手にあったスタンガンを叩き落す。だがその犯人は意外な程の身のこなしで後ろに跳び退っていた。
「ちっ、ヒーローが」
 彼はそう吐き捨てるように言うと、跳躍。否突如として目の前に巨大な箱が現れてバーナビーとの距離を遮った。
NEXT?! これは・・・・・・ 背後にトレーナーを庇い、バーナビーはじり、と距離を詰める。
相手は丸腰だ、大丈夫――と手を伸ばすとその瞬間、何故か観客席の方から女性の悲鳴が上がった。
「きゃああああ!」
「近寄るな突き落とすぞ!」
 男の手に生後6ヶ月ほどか、赤ちゃんがいつの間にか居た。首の辺り、スタイを摘むようにしている。男はバーナビーの目の前でその赤子をぶらぶらとふって見せた。
するとギャーっと火がついたように泣き出す。驚いて目を見開いているバーナビーに男はにやりと笑いながら言った。
「セキュリティを解除しろ。早く! それと電波も切れ。通信を制限しろ。誤魔化すな、判るからな。 それと 人魚はどこだ」
 バーナビーはごくりと唾を飲み込んだ。
軍が警戒していたのはこういうこと、新手の密輸業者か。大掛かりな組織だと聞いていたが、恐らくニューイーストエリアのマフィアが一枚噛んでいるらしい。そして狙いは人魚を含めた幻獣だ。ドームを閉じたのは空からの応援を呼ばせないため。
 バーナビーはちらりとスカイハイを思い浮かべ後手に回ってしまったと脳裏で軍に悪態をついた。だが軍もここまで相手が強硬な手段を取ってくるとは考えていなかったのだろう。幻獣はだとするともう輸送に入っている? だがどうやら虎徹はまだ見つかっていない。意外にかくれんぼが上手い人だったんだなあとどうでもいいことも考えたが気を引き締める。なんにしても今自分が優先しなくてはならないのは目の前で人質になった赤子だ。物体移動系でもかなり珍しい転送系のNEXTだとバーナビーはあたりをつけた。
「おい、お前、解除しろ。ヒーロー動くなよ。妙なまねをしてみろ、こいつを突き落とすぞ」
 ザ・オーシャンシー・パシフィック上部のプール状の縁にじりじりと寄っていく。
観客たちも事態を知って、余りの事に静まり返っている。いや固唾を呑んで見守っている。トレーナーが背後で動いた。そろそろと吊り下げられた子供から目を離さず、制御版の方に向かっていく。そして彼は少し躊躇った後、セキュリティを解除し、ドーム内の通信をカットする指令を出した。
男は満足そうに笑い、更にザ・オーシャンシー・パシフィック――の縁へと近づき、赤子を突き出す。
バーナビーも距離を測っていたが、その時男が懐から銃を取り出したのを観た。
「裏口の輸送用ゲートを開け。チェックも外しておけよ」
 それから男は何かに向かって一言二言喋る。
それでもバーナビーとトレーナー、周りに対する警戒を怠っていない。隙が無いとバーナビーは歯噛みした。こいつはプロだ。
 ちらりとバーナビーは観客席を見た。
今そこにはブルーローズがいる。自分は連絡する事が出来ないが、ブルーローズが密かに外部と連絡をとっている筈だ。ヒーローが使っている回線は特殊なもので、一般の電波制限の対象にはならない。そう、もうヒーローたちも軍の応援もこちらに向かっている筈なのだ。
 だが。
「ちっ」
男が舌打ちをする。それから二言三言言葉を交わしていたが、「仕方が無い、人魚は後回しだ」と言った。
「職員に――多分最初から混ざって――、なんてことだ」
 トレーナーがバーナビーの背後で呻く。
遠巻きにしていた他のトレーナーたちも状況を察したらしい。真っ青になっていた。そう、彼らは最初から職員に混ざっていたのだ。どこかで摩り替わって――あるいは元から。
 イルカたちも落ち着かないよう、水面をぐるぐると回っている。それらを遠巻きにしたトレーナーたちが誘導していた。犯人をこれ以上刺激しないためだ。
キュイーキュイーという細く甲高いホイッスル音が響き渡り、ホールの天井に反響した。
 ところが。
「何?」
 男が赤子をぶらぶらさせるのをやめて天井を見上げた。
「な、なに・・・・・・」
 観客席で外部と連絡をとった以降成す術なく事態を見守っていたカリーナが不安げに手を握り締めて胸に押し当てる。
観客たちも不安そうに辺りを見回した。
イルカたちがトレーナーの指示に従わなくなった。いや、興奮している。何かが遠くで叫んでいる。突如響き渡る重低音。胸騒ぎがするとバーナビーも思った。
猫の鳴き声のような、うめき声のような。不思議な響きを持ったそれが、ザ・オーシャンシー・パシフィック全体に鳴り響いている。一体全体何が?
トレーナーの一人があたりを真剣な目で伺っていたが、「バーク音だ」と言う。
バーク音とは何か? バーナビーが端的に「バーク音?」と聞き返すと、層状音と言って、イルカたちが興奮したり威嚇したりする時に使われる音だという。でもこんな不安な音はイルカでは聞いたことがないとも。では一体何が鳴いているのだ、何がこの音を発生させてるんだ?
「くそっ」
 男が忌々しげに懐から銃を取り出しバーナビーにぴたりと狙いを定める。
既に5分以上が経過し、バーナビーのハンドレットパワーは切れていた。バーナビーの額に脂汗が浮かび、首筋の方にすっと流れていく。
 男が再びにやりと笑った。
「あばよ、ヒーロー」
 同時に発砲され、バーナビーは咄嗟に後ろに居たトレーナーを庇って倒れこむ。
あろうことか男はなんの躊躇もなく、赤子を水槽に投げ捨てるのだ。
 観客たちはみな悲鳴をあげた。
咄嗟に誰も動けなかった。
水の中に子供が沈んでいく。

 だめだ間に合わない!
バーナビーと観客はみな一様に絶望の呻きをあげる。だがその時。

 煌く水の残滓、飛沫を振り切って弾丸のように水面に飛び出してきた何か。流線型の見事な肢体をした一匹の人魚が水面に躍り出る。
その手にしっかりと突き落とされた赤子を抱いて、イルカショーのライトアップされた舞台に叩きつけられるように着地すると、そのまま腹でくるくると回転しながら滑っていく。
ついでに狙っていたのが赤子を突き落とした男、なんらかの意図を持ってこの水族館の占拠を企んだ男の顔面をガラスのような繊細さの尾で思い切り一撃してプールに叩き落したのだ。
「虎徹さん!」
 観客たちには何がなんだか判らなかっただろうが、バーナビーには判った。
虎徹がザ・オーシャンシー・パシフィックの最深部からこの最上階にあるマリンショー会場まで浮上して赤子を助けたのだということが。
 貴方どうして!
バーナビーは声にならない悲鳴を上げた。赤ちゃんを助けたのはいい。だが虎徹の正体が――いや今人魚になってしまっているという事実が白日の下にさらけ出されたとそう思ったのだ。同時に、これがまだ誰だか人々は判別つけられないだろうとも思う。大丈夫、直ぐに水に戻せば――戻してしまえば。けれど。
「ワイルドに救出! ――って・・・・・・ 痛い! つか熱い!」と、虎徹が大声で叫んだ。叫んじゃった。
バーナビーは心中、ギャーっとなって頭を掻き毟っていた。馬鹿なの?! と。実は同じように観客席で、カリーナもギャーッとなっていたのだがそれは幸い誰も気づかなかった。
そんなバーナビーの絶望を知ってか知らずか、虎徹が赤子を抱きしめて床に転がったまま、バーナビーを呼んだ。
「バニーっ、この子頼む、で・・・・・・助けて!」
 トドメに虎徹はこれまたバーナビーをバニーと呼んだ。
余りの事態に呆然としていた観客たちも徐々に目の前に展開している状況が飲み込めてくる。
そしてこういったときに最も状況を飲み込むのが早いのは誰か。子供だ。誰かが呟いた。
「あれ、虎徹じゃない?」と。
「そうだよタイガーだ」
 ねえ、ママ、あれワイルドタイガーだよ。
虎徹だよ、こてつ。ほら、あの噂って本当だったんだ。
 マディソン症候群に陥って、どこかに保護されてるっていう噂。どこかの水族館に? あれってパシフィカルグラフィックのことだったんだ!
ざわめき、そこかしこでワイルドタイガーの名を叫んでいる。みんなが口々に言い合いだした時、当の本人の虎徹はバーナビーを呼んでいた。
バーナビーとトレーナーの一人が同時に虎徹の元に駆け寄って、トレーナーが赤子を受け取る。
プールの方には警備員がわらわらと寄っていって、気絶して水に浮かんでいる拉致犯の身柄を引き上げ拘束しているところだ。イルカたちがもそもそと集ってきて引き上げるのを消極的に手伝っている。
虎徹の方はというと自分の身体を持て余しているようだ。イルカやオットセイ等ものし上がってくる舞台であるから、つるつるとしていて彼の身体にも十分にフィットしているのだが、前にも後ろにも進めずその場でもがいている。目の前にプールがあるのにもうちょっとで戻れないらしい。
バーナビーは虎徹の傍に立膝をついたが、虎徹は「ちくしょー、どうなってんだ」と小さく悪態をついていた。
綺麗なガラスのような尾で何度も床を叩く。それから目が良く見えないとぼやき、バニー? と顔を上げて言った。
「助けて! 頼むから早く!」
 ああ、なんてこと。
群集のざわめきにも気をとられ、そして勿論虎徹にも気をとられバーナビーは思考がまとまらない。だが、虎徹は確かに人の意識を取り戻していた。極自然に自分を呼び、自分を認識し、――ありがとうございます、神様。虎徹さんが帰ってきてくれた。だがしかし。
バーナビーはひとまず虎徹が今人魚になっているというのが、シュテルンビルト市民にもろばれたということを故意に忘れる事にした。
それよりも何よりも虎徹だ。正気に戻った、意思の疎通が可能になったのだ。自分を認識し、ああ、ありがとうございます、また彼と話すことが出来る。そしてきっと抱きしめる事も?
 助けてといわれたのだから当然バーナビーは虎徹自身のことだと思っていた。だから喜び勇んで抱き上げる。すっかり失念していたが、今の虎徹の身体に人の身体は毒。
その熱さで虎徹を傷つけてしまうという残酷な事実をだ。案の定虎徹はバーナビーに触れられた瞬間悲鳴をあげた。実際灼熱に肌を焼かれたせいもあるのだが、違う、バーナビーが勘違いしていることについてだ。
「俺じゃねえぇえええええ」
 虎徹は喚いた。
あじゃじゃじゃじゃじゃ。
そんな風に悲鳴をあげて、虎徹の尾がびたんとバーナビーの頬を張る。
結構な衝撃でバーナビーは虎徹をプールに取り落としてしまい、虎徹はばしゃんと盛大な音を発てて水の中に転げ落ちていった。
ぶくぶくと沈んでいく泡が上がってくる。慌てて「虎徹さん!」とバーナビーが絶叫する中、「ぷはっ!」とまた再浮上した。
そしてほっとするバーナビーの顔に向かって、虎徹は再び哀願するのだ。
「助けてやってくれ、彼女を!」
 彼女って誰?! マディソン?! バーナビーも絶叫し返したが要領を得ない。そもそも虎徹は緊急時にこそ説明がへたくそなのだ。これだけ付き合いが長くなっても、異常事態が長く続き、意思の疎通が不可能だったブランクを経てのいきなりの復帰、虎徹の言い様にバーナビーも理解が追いつかない。それでも必死に聞いてやっとのことで、虎徹が言うところによる彼女があの蛸怪人だとバーナビーは知った。
「彼女だよ彼女! なんでわかんないんだよ! 俺と一緒んところに居た、彼女!」
「彼女ってもしかして、あのタコ・・・・・・じゃなくてマディソン症候群患者のアレですか?」
「そう! 彼女が今持ってかれた! 誰だか判らんけど、俺の部屋にも来てた――ダイバー姿で! 清掃係りの人かと思ったんだけど中身が違うんだよ!」
んで、俺気味悪いから避けてた。とかなんとか。
 虎徹はエコロケーションも使えるので多分それで内部を透視したのだろう、ってのは置いといて。
「性別なんてわかんないじゃないですか!!!」
 と文句を言うと、「なんで判らないんだよ!!!」という想像を斜め上にいったような返答が戻ってきた。
「兎に角なんでもいいから、彼女を助けてくれ! もうここに居ない、どっかに連れ出されちまった! 少なくとも水ん中にいない!」
「なんですって!」
 バーナビーは立ち上がるとPDAに叫んだ。ヒーローたちがすでに集結を始めている。
「OK! ワイルド君が正気づいたお祝いパーティーは後にして、犯人共を捕まえようではないか!」
最初に答えてきたのはスカイハイ。丁度今パシフィカルグラフィックの上空に着いたという。
「了解! ところでどっちに向かえばいいんだ?」
 キースの声に一同頷き、ロックバイソンがスカイハイ、上空から指示をくれ! 逃走車両は見えないか と叫ぶのと同時。全員のPDAからアニエスが指示を出してきた。
バーナビーは制御版に駆け寄るとセキュリティと通信を回復、更にドームの開閉ボタンを押した。
パシフィカルグラフィックの最上階が再び開かれていく。眩しいほどの青空が覗き、光が降り注いできた。




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