Novel | ナノ

琺瑯質の瞳を持つ乙女(2)


SCENE 1

 その日は朝から忙しかった。
随分と前に申請を出していたが正直イワンは許可が降りるとは全く期待しておらず、エドワードを失望させずにどう伝えようかとそればかりを考えていた。
 陰鬱な朝。
シュテルンビルトの春は遠く、冬は厳しく長い。
3月に入っても全く寒波が衰えず、セントラルパークの芝生は真っ白に凍りついたまま。どんよりと薄曇った空からはちらちらと氷の破片が舞い降りてきていた。
凍える指先を擦りあわせ、ジャンパーのポケットに突っ込んで背を丸めて司法局へと向かう。
ジャスティスタワーの天辺にある、女神像の顔は霧に覆われているのかぼんやりと表情が読めなくなっていた。
 さて期限が近づいてきた。司法局からも警察からも連絡はなくイワンは幾分ほっとしてエドワードにやっぱり駄目だったと伝えるべく何時もの面接の支度を整えていた夜、PDAが鳴った。
緊急コールは日常茶飯事なのでまた事件なのかと通話に出たが、何時もの出動命令ではなく司法局からの業務連絡だった。
今まで司法局からPDAに通信が直接ではいる事など一度も無かったのでイワンは動揺した。ヒーロー活動になにか不備でもあっただろうか。
ちらりと脳裏を掠めたのは、「俺は良く賠償金の件で、司法局から直接通話が入るよ」と嫌そうに言っていたワイルドタイガーの横顔だった。
「司法局から直で連絡を普段から貰ってるのなんて、虎徹さんだけですよ」
「えーっ、普通だろ。日常茶飯事だろ」
「普通じゃないですよ。自分からすることはあるにしても、普通直接管理官が連絡して呼び出されるだなんてないです。歴代ヒーローの中でも虎徹さんだけですよ」
「いやまて、裁判官殿がおかしいんだよ。俺だって裁判官殿に代わるまで呼び出された事なかったんだぞ」
「うわ、それもう・・・。虎徹さん、反省して下さい!」
「なんで!」
 タイガー&バーナビーという、シュテルンビルトで今恐らく最も人気があり愛されているバディヒーロー。その二人の素顔を知る数少ない面子の一人でもあるイワンは二人の滑稽なやり取りを思い出してふと笑顔になる。
あの人たちこそ本当にヒーローだ。特にイワンはワイルドタイガーと言う日系人ヒーロー、虎徹の事をいつしか信頼するようになっていた。
日本びいきというのも多少絡んでいたにしろ、虎徹はイワンが恐らく理想とするところのヒーロー像に現時点一番近いスタイルを貫く男でもあったからだ。
かつてイワンがはまりこんでいた暗部から、エドワード共々引き上げてくれたのはワイルドタイガーだったのである。虎徹には言った事がなかったがイワンは心から感謝していた。
 そこまで考えて再び顔を曇らせる。
司法局が特例で許可を降ろしたのだ。
そんな事例かつてない。特にエドワードは殺人者だ。例え事故だとしても人を殺めたN.E.X.T.には常人以上に重い刑が課されることが多い。特に人を殺める事になったのがそのN.E.X.T.が原因であるといった場合には。
 エドワードが誤って殺めることとなってしまった一連の事件、実際のところ犠牲者を殺したのはN.E.X.T.ではなく、エドワードが犯人から奪った銃から放たれた弾丸だった。
エドワードのN.E.X.T.によって殺害されたわけではない。
だがしかし、エドワードがN.E.X.T.でなかったらそもそも強盗犯から銃を奪うことなど出来なかったわけで。その後強盗犯ともみ合いになり、銃を取り返されそうになって誤射。 その先に被害者の身体があったのは不幸な偶然ではあったけれど、結局裁判では彼女を死に至らしめた最大の原因として、エドワードのN.E.X.T.が争点となってしまった。 事実裁判官が下した結論は有罪。当然とは思ったがなんて残酷な事だろうとイワンは判決に思った。
エドワードはN.E.X.T.を使う資格が無いとされたのだ。それはN.E.X.T.にとって存在全てを否定されたと同義だろう。
 激しい怒りと憎しみと絶望。
イワンは見なくても判った。エドワードは決して自分を許してはくれないだろう。
しかしあれからタイガーとバーナビーの力添えもあって、イワンとエドワードは和解した。でも全ての蟠りを克服するには何かが足りなかった。一度壊れてしまったものはけして同じ形には戻らない。そしてそれは仕方がないことなのだろうとイワンは切なく思っていたのだが。
 エドワードはどう思っているのだろう。彼は今何を考え、何を望んでいるのだろうと。
「エドワード・ケディが出していた申請を受理しました。エドワードに一日の特別外出許可を。ただし、彼の逃亡、行動制限に大仰な護衛や人員を割く事はできません。折紙サイクロン、あなたが全ての責任を持ち、彼を監視すること。きちんと刻限までに司法局に帰還すること。明日の朝、ジャスティスタワー特殊拘置所の方へエドワードを移送します。10時迄に司法局の方へ出頭して下さい」
 あっ、ちょっと待ってと言ったときにはPDAが切れていた。
ヒーロー管理官であるユーリ・ペトロフ氏の事を何時でも忙しそうにしているぐらいしか認識していなかったが、「働き者で意外にいい人だよ。バニーがウロボロスについてずっと追いかけてる時にもさ、あの人だけはきちんと調べようとしてくれてたよな?」と虎徹が言うとおり、ヒーローに対しては協力を惜しまないというのは口だけじゃなくて本当なんだと思った。でも僕がヒーローとしてエドワードの保護者であるだなんて。
 それこそ憂鬱だ。言いたくないとイワンは特大の溜息をついた。

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