Novel | ナノ

琥珀を捕む夢(11)


NC1968.夢の後先を辿るもの

 その不可思議な影は時折友恵の元に訪れて友恵に夢を返して欲しいと囁いた。
だが友恵自身にはその返すべき夢が良く判らず、ただ日々を悶々と悩んで過ごしていた。
一度影に向かって聞いてみた。 あなたの夢は何?と。 返すも返さないも私の夢は私の夢で、誰かのものではない。
ずっと考えてきた。 私の夢は虎徹君の夢と同一で、彼がヒーローになって私が彼の傍にずっといて。 大好きなヒーローが私の旦那様で、誰よりも愛した人がヒーローで、そう随分幼い頃からそう望んできた、平穏でささやかな未来、愛する人と共に老いることそれだけなのだと。
 しかし影は繰り返すだけだった。
具体的な事は何一つ言わず、ただ問いかける。 その夢は貴女の夢ではない。 もし私の夢と同一であるとしたなら貴女がその夢を代わりにみてもいい。 でもそれには代償が――。
 代償ってなんなのだろうと友恵は思う。
虎徹の愛を失う事だろうか。 何かを失くしてしまうのだろうか? 代償という言葉は何かしら同等の価値のものを奪われるような不安な響きを持っていて友恵を少なからず動揺させた。 そんな時に友恵は体調不良になり、更に気持ちが不安定になる。
ある朝虎徹を送り出した後、喉元にこみ上げるものを感じ、耐え切れずに洗面所に吐き出した。
その時友恵の胸に去来したものは、驚くばかりの喜びと幸せ、そして一抹の不安だった。
 こういうことだったのだろうか? 近頃の情緒不安定さは単にこういうこと? 幻聴、幻覚だったのかしら、単なる、――つまり?
兎に角友恵はその日の午後、自分が加入している保険を鑑みてブロンズステージでも割合大きな総合病院の産科へと向かった。
簡単な検査の後、診察室に通されてブロンドと涼やかな灰色の瞳をした青年医師が笑顔でおめでとうございますと友恵に言った。
「もう三ヶ月――四ヶ月かな? 出産予定日は年末になりますね」
「あ、あの・・・」
 嬉しい、どうしよう。 友恵はドキドキする胸を押さえながら青年医師の言葉に耳を傾けた。
「どうしますか? 何処で出産なさいますか。 成るべく早く産院を決めて押さえた方がいいと思いますよ。 出産間近で決めるのはちょっと厳しいかと思います」
 医師は背後に立っていた看護婦に「スケジュール確認して」と言った。 今の出産予定数と空いてる部屋の数とグレードを教えて差し上げて。
「あ、あの」
 友恵は少し腰を浮かして言った。
「実家に――ええと、オリエンタルタウンに帰省しようかと思います」
「ご実家に?」
 看護婦の方を振り返っていた医師はでは一応わが病院のパンフレットをお渡ししておきますと言った。
友恵はその後医師が、伴侶はN.E.X.T.なのかと聞いてきて小首を傾げる。 それに何か意味があるのだろうかと。
「え、ええ・・・? あの、それが何か・・・」
 言いかけて友恵は息を飲む。
また世界がモノローグになった。 これは私の気のせいなの? 現実なの? それとも夢の中のことなの?
はっきりして! これ以上私を翻弄しないで欲しい。 誰かこれはどういことなのか教えて! そう叫びそうになり友恵は再び前をむいて目の前にいる医師の青い瞳にぎょっとなった。
 真っ直ぐに自分を捕らえる瞳。
その瞳にかつて無い程の意志の強さを感じ、友恵は辺りを見回した。
いつもの――影ではない、これは本物の、人間――なのかと?
「鏑木友恵さん」
 医師は静かにそう言った。
「どうか驚かないで下さい。 これは私のN.E.X.T.です。 そして私もN.E.X.T.です。 貴女の夫であるワイルドタイガーと同じN.E.X.T.。 ただし私はサイコ系に分類される能力者です」
「あの・・・」
 友恵は立ち上がりかけていた椅子へ再び座りなおす。
医師の灰色の瞳は今美しい青に輝いていて、完全に静止した世界の中二人だけが呼吸しているのを知った。
「貴女を観て判ってしまいました。 貴女は今夢を紡いでいる。 それも貴女の寿命と引き換えに。 今貴女の胎内に宿ったそれは夢なんです。 いえ、夢を具現化するものといいましょうか」
「どう――いう・・・、事ですか」
 友恵は手を握り締めて震えて聞いた。
医師はその時、確かに一瞬躊躇うように目を伏せた。 稀有の青が・・・友恵の知る夫の青と同じ美しい光が腕に、いやその身体を隅々まで彩っていて、いまや白黒になった無彩色の中でただ一つの色となって輝いていた。
「どう、――話せばいいでしょうか。 今から10年以上前に秘密裏に夢を――捕らえることの出来る能力者が政府に集められました。 正確なその任務と理由は判らなかったのですが、逃げ出した夢を追いかけるという依頼でした。 実際活動したメンバーの詳細を私は知らないのですが、とても危険な仕事だと、そう釘を刺されて。 生粋のドリームマスターは非常に少なく、私を含めてサイコ系N.E.X.T.ではあるけれど、この任務を行う為に本来必要な深淵を覗く能力者としては少し専門外の者が多かったと言われています。 それでも私は時間線を視覚出来る能力者だったので、代償は自分自身の時間だけで済みました。 人によっては私の代償はむしろ恩寵だと受け取る人もいるでしょうね」
「あの・・・?」
 意味が判らない。 友恵は先ほどとは違った意味で動悸を早めて医師の瞳を見る。
彼は意を決したように言った。
「これはまだ現実ではない。 かつてこの世界に一つの夢が舞い降りて、無数の破片に砕け散った。 それはこの世界にとって異物であったから、全て何時か還元され吸収され淘汰される筈だった。 それでもその夢は自分を夢見る者を切望していたので――警告されたのです。 世界を救う為にもしも犠牲になる力を、マインドを持ちえるものが選ばれなかったとしたら、それは破滅へ到る道だと。 そんな危険を冒せなかった。 だから我々はその夢を回収することにしたのです。 元ある場所へ戻れと。 そしてその夢を持ち込んだ存在は全ての夢の消失と同時にこの世から消え失せる。 それで終わる筈だったんです」
 沢山の希望と夢と愛と幸せが詰った本当に宝物のような美しい夢でした。
もし、それを私が観れるのなら、見てみたいと憧れるほどの。
 友恵さん。
医師は言った。
「貴女は夢の住人なんです。 かつて貴女は幸福な夢を見た。 正確には得たというべきか。 そしてそれはただの夢だったのだけれど、人を選ぶ。 貴女はその夢に選ばれ、――恐らく一度手放した筈なのに買ったのです。 現実の未来と引き換えに。 もう憶えていないのでしょうが」
 その医師は哀を湛えた澄んだ青の瞳で友恵を見る。
「もしその夢から目覚めたいのならまたいらして下さい。 恐らく元へと戻す事が出来ると思います。 その夢は美しくて残酷だ。 何故ならその夢は時間を持たないからです。 かつて私がその夢を見つけて単にこの世から消し去る為だけに、私は自分の10年以上の時間を失った。 それと同時に時間線を見る能力そのものを失ってしまうことになった。 友恵さん、貴女はN.E.X.T.ではない。 代償に出来る力をお持ちでない。 つまり貴女はこの夢と引き換えに恐らく命を失う。 存在と時間を失う何かになってしまう。 それはかつて見た夢の結果として死ぬということなんですよ。 これは現実なんです。 今なら取り返せます。 死んでしまっては遅いんです。 確定してしまった未来は変えられない。 貴女の買った夢の終わりはもう近づいている。 このままこの夢を現実にするか、それとも夢に戻すか良く考えて――結論を出してください」
「それってどうなるんですか? 私が夢を買わなかったら、私はどうなるんですか」
「今の貴女は居なくなり、ワイルドタイガーとは出会う事無く、貴女の未来は続いていくのです。 人としての生を全うするまで」
「――つまり、今の生活は、虎徹君は、私の命を賭けるほどではないと?」
「それを決めるのは貴女です。 普通の運命であったのなら、N.E.X.T.の介入がなかったのなら、私もそんな事は言わない。 それが貴女の運命で貴女の寿命だったと言ったでしょう。 でも貴女のそれは違うんです。 幼い頃に貴女は夢を買った。 その夢を現実にしたいと願った。 その結果の危険性を、貴女の寿命が想像以上に削られる事や、時間と存在を失う可能性を彼は貴女に伝えなかった。 勿論そのN.E.X.T.も知らなかったのでしょう。 でもこれはフェアではない。 貴女の寿命を、命を救える可能性がある。 本来貴女が歩む筈だった時間線へ戻すことが。 私は同じN.E.X.T.として貴女にそれを伝えずには居られなかったのです」
 ですからこれは私の単なる感傷であり、サイコ系N.E.X.T.としてのプライドの話なので貴女にしてみたら酷な話だったと思います。
それでも、私は事実をお伝えしたかった。 幼い少女の選択をそのまま貫くのか、目覚めるのか、私は貴女に問う。
 目覚めるのか、否やと。



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