「むーちゃん!」
後ろから私を呼ぶ可愛らしい声に立ち止まって振り向けば、しえみちゃんが笑顔で走り寄ってきてくれた。
「どうしたの珍しいね」
「あのね、理事長に呼ばれて少し学園の方に行ってたの」
まだ少し頬を赤らめたり言葉に詰まったりするけど、最初に比べたら随分と友達らしくなった気がする。廊下を歩きながら何でもない話をしたり、こうやって誰かと並んで歩くなんて学園ではほとんどないことだから、私も凄く嬉しい。
教室に入ると、珍しくほとんどの人がそこに揃っていた。いつも早い方だから遅刻したのかと時計を確認するがいつもとあまり変わらない時間。少しだけいつもより遅かったみたいだけど。
「今日は御二人とも少し遅かったんですね」
「いつもと変わらないと思うんだけど…」
「そうですか?」
「皆もいつもより早くない?」
「今日は少し早めに来といてって奥村先生に言われとったんやけど、聞いてへん?」
神木さんと話してた志摩くんが私に気付いて近寄ってきてくれる。彼の問いかけに私は首を横に振ると、おかしいなぁと首を傾げた。
「いつも来るん早いから言われんかったんやろ」
「確かに、むむむさんいつも早いからなぁ」
「燐もまだみたいだね…」
「あいつァまだ来てへん。来るんかどうかも分からんわ」
勝呂くんは何故か不機嫌そうに奥村くんの席に座った。奥村くんが絡むと割といつもこんな感じだと言えばそうなんだけど、イライラしたような貧乏揺すり。取り敢えず私も勝呂くんの後ろに座り、何故だが少し睨まれたような気がしたけど、彼にそんな意識は無さそうだから気にしないことにした。
神木さんも隣の机にもたれ掛かり、皆がダラッとした様子で奥村先生を待つ。
「それにしても何なのかしら」
「全く想像つかん」
「すみません少し遅くなりました」
ガラッと開いたドアを一斉に振り向くと、そこには何かを抱えるようにしている奥村先生がいた。相変わらず奥村くんは来ていないけど。
ゆっくり歩いてくると、勝呂くんとしえみちゃんが座っている席の机にその荷物をドサッと乗せる。何だ何だとそれを見れば、何故だが山盛りのお菓子や飲み物だった。
「塾宛に届いた頂き物が少し溜まり過ぎてしまったようなので、皆さんにお裾分けです」
「…は、」
「…いや、俺らが早く来たのって……」
「はい、これの為です。塾が終わってからだと皆さんも忙しいと思うので」
柔らかい表情のまま奥村先生はそう言った。好きなの持っていってください、と分けられたそれを、皆文句を言いながらも選んでいく。私達じゃ買えないような高級なお菓子ばっかりだから、心なしか皆も少し嬉しそうだ。
「もっと何か、怖いこと言われるんかと思ったわ」
「僕もですよ」
「た、食べたことないのばっかりだ…!」
「学生が手ェ出せるようなモンやないからな」
「あ、私もそれ欲しいんだけど」
「これ?ええよ神木さんにあげるわ」
塾の教室に、いつもは聞こえないような賑やかな声が響き渡る。
「お前もはよ取らんと無くなるぞ」
「早い者勝ちですよ」
ぶっきらぼうな勝呂くんが、椅子に座ったまま動かなかった私の目の前に適当に掴んだお菓子をガサッと乗せ、その上に少しだけ笑った奥村先生が高級チョコレートを乗せた。なんかもう、これで来月までお菓子買わなくていいんじゃないかっていうくらい沢山ある。
「ふぁー眠ぃ……ってお前ら何してんだ?………って、ソレ…!!」
「はよせんと無くなりますよ」
「は、何?山分け?」
「なんや先生、奥村くんには言うてへんのですか?」
「必要ありませんから」
ニッコリ笑った奥村先生と、残り少ないお菓子を手にする奥村くん。不思議な兄弟だなって思いながら、奥村先生は奥村くんの手から取り上げたクッキーを高級チョコレートの上に乗せた。
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